二十年ぶりの同窓会、初恋の人の左手に指輪がなかった夜

10月の頭に、実家から荷物と一緒に転送されてきた郵便物の中に、それは混じってました。

「高校卒業20周年記念 同窓会のお知らせ」

宇都宮駅前のホテルの宴会場、幹事は当時の学級委員長。

差出人の名前を見て、(うわ、あいつ幹事とか似合いすぎるだろ)と一人で笑って、それからハガキを机に置いたまま3日放置しました。

俺は38歳、東京の中堅住宅設備メーカーで営業係長をやってます。

係長止まりで独身、単身赴任も経験済み、宴会では毎回なぜか幹事を押し付けられるタイプ。

同期が部長になっただの、同級生の子供がもう小学生だのって話を聞くたび、「俺は録画したドラマを消化するだけの週末だよ」って笑い飛ばしてますけど、正直けっこう堪えてます。

3日迷った理由は、正直に言うと「今の自分を見せるのが恥ずかしい」からでした。

でも、ハガキの出欠欄に丸をつけようとしたとき、頭に浮かんだのは自分の惨めさじゃなくて、一人の顔でした。

高2のときの同じクラスで、文化祭実行委員を一緒にやった女子。

(あいつ、来るのかな)

その一瞬だけで、俺は「出席」に丸をつけてました。

当日、宴会場に入ったら、もう時間が二十年分ぐちゃぐちゃになった感じでした。

腹の出た元サッカー部のエースが「久しぶり!」って肩を叩いてきて、当時ギャルだった女子が今はどっしり貫禄のついたPTA会長みたいになってる。

俺も似たようなもんで、髪は減ったし腹も出た。お互い様です。

乾杯の前、入り口のほうがざわついて、視線がそっちに流れました。

テラコッタ色のワンピースを着た女性が、少し遅れて入ってきたところでした。

黒髪のボブ、笑うと目尻に皺が寄るけど、その笑い方だけは高校の頃のまま変わってなくて。

(……あいつだ)

一目でわかりました。文化祭実行委員、俺の初恋の相手です。

乾杯の音頭が始まって、みんながグラスを持ち上げる。

彼女もグラスを持ち上げた瞬間、俺は彼女の左手を見てしまいました。

薬指に、指輪がない。

(あれ? 結婚したって聞いてた気がするけど……)

そこから、なぜか目が離せなくなりました。

乾杯のあと席替えの流れになって、気づいたら彼女の隣が空いてました。

誰かが「お前ら文化祭のとき仲良かったよな」って茶化すのに押される形で、俺は隣に座りました。

「久しぶり。相変わらず背、伸びてないね」

「悪かったな、168のままで」

そんな軽口から始まって、話は文化祭の思い出に流れていきました。

体育館の看板を二人だけで徹夜で塗ったこと。

購買のパン争奪戦で、俺が揚げパンを取れなくて彼女が半分くれたこと。

「あんた、あの時めちゃくちゃ情けない顔してたよ。揚げパン取れなくて」

「あれは伝説として語り継いでいいレベルの負け方だったと自分でも思う」

彼女が声を出して笑う。目尻に皺が寄って、それでも笑い方は二十年前とそっくり同じで、一瞬だけ本当に時間が溶けた気がしました。

でも、指輪のことはどうしても聞けませんでした。

聞いていい話なのかどうかもわからなかったし、なにより――もし結婚してるなら、俺がこんな風に浮かれてるのが恥ずかしい。

トイレに立ったとき、洗面所で元サッカー部のやつと一緒になりました。

「なあ、○○(彼女の名前)って、結婚してるんだっけ」

というのは実際には名字で聞いたんですが、返ってきた答えに固まりました。

「ああ、あいつ結婚して名古屋行っただろ。旦那すげーエリートって噂だったぞ」

(結婚してる……? でも指輪、なかったよな)

頭の中で、乾杯のときに見た彼女の左手が再生されました。確かに指輪はなかった。

急に、自分が恥ずかしくなりました。

既婚者相手に浮かれて文化祭の話で盛り上がって、内心ちょっとときめいてた自分が、すごく間抜けに思えて。

宴会が終わるまで、俺は彼女とわざと少し距離を置いてました。

二次会は駅裏の焼き鳥屋でした。

適当に隅の席に座ったつもりが、しばらくして横の椅子が引かれる音がして、彼女が座ってきました。

「ねえ、なんでさっきから避けるの」

直球すぎて、変に取り繕う余裕もありませんでした。

「いや、別に避けてないけど」

「避けてたじゃん。文化祭の話してるときは普通だったのに、途中から急に」

言い訳が思いつかなくて、結局「担任の話でも聞くか」みたいな流れに逃げました。

昔の担任がもう定年退職してるらしいこと、彼女が今は名古屋にいるらしいこと、俺が東京で単身赴任経験もあること――話は妙に噛み合って、気づいたら二人でずっと喋ってました。

彼女がビールを注ごうとしたとき、薬指のあたりに、うっすら日焼けの跡が見えました。

(……跡だけ、残ってる)

指輪はない。でも指輪があった跡はある。

その意味を考えるのが怖くて、俺はまたグラスを傾けました。

三次会に流れる同級生たちと、ホテルの前で別れました。

「行かないの?」って聞かれて、彼女が「今日はここまでにする」って笑って答えたので、なんとなく俺も残る形になって、気づいたら二人で喫煙所の前に立ってました。

彼女は吸わないのに、俺の煙を眺めながらぽつりと言いました。

「3月に離婚したの」

一瞬、何も返せませんでした。

「指輪、外してもうすぐ半年。今日、誰かに気づいてほしくて外してきたとかじゃなくて、もう着ける理由がないだけなんだけどね」

さっきトイレで聞いた「旦那すげーエリート」って話が、全部過去形だったんだとやっと理解しました。

なんでかわからないけど、酔いも手伝って、俺は二十年間言えなかったことを言ってしまいました。

「俺さ、高2の後夜祭のとき、ファイヤーの前でお前に告白しようとしたことあるんだよ」

「……え」

「直前でビビって、結局『揚げパンうまかったな』とか言って逃げた。ずっと引きずってた、それ」

彼女がしばらく黙って、それから短く笑いました。

「知ってた。あの日、ずっと待ってたんだけど」

「私、けっこう根に持つタイプだから。後夜祭のこと、まだちょっと怒ってるからね」

(マジかよ……。両想いだったの、俺だけ二十年気づいてなかったのか)

情けなさと嬉しさが同時に来て、うまく顔が作れませんでした。

終電はとっくに過ぎてました。でも二人とも時計を見ようとしませんでした。

彼女が「……歩こっか」って言って、俺たちは何も決めないまま駅裏のほうへ歩き始めました。

気づいたら、目の前にビジネスホテルの看板がありました。

フロントで聞くと、シングルは満室で、ダブルしか空いてないと言われました。

38歳が二人、高校生みたいに黙り込んで、結局ダブルを取りました。

部屋に入って、電気を消すか消さないかで軽くもめました。

「明るいままは無理」

「暗いと逆に緊張するんだけど」

結局、間接照明だけ点けたままで落ち着きました。

立ったままキスをしました。

そこから彼女のワンピースの背中のファスナーに手をかけたんですが、これが全然下りない。

もたもたしてると、彼女が笑いながら手を貸してくれました。

続けてブラのホックにも苦戦してると、今度は彼女に完全に笑われました。

「不器用すぎ。二十年前と変わってないじゃん」

「学習能力の低さには自信がある」

ブラが外れて、彼女が「おばさんの体でがっかりした?」って聞いてきました。

「二十年分、想像してた本人が今目の前にいるって状況の方がまだ処理できてない」

嘘じゃありませんでした。

ベッドに移って、胸に触れました。Cカップの柔らかさは、想像してたよりずっと現実の重さがありました。

(本当にこれ現実か……? 同窓会マジックってやつじゃないだろうな)

そのまま脚のあいだに顔を近づけて、舌を使いました。

彼女の息が少しずつ荒くなって、腰が浮くのがわかりました。

「あ……ちょっと待って、それ……」

先に彼女がイったのがわかって、内心(俺の方が緊張で死にそう)とか思いながら、次は彼女の手が伸びてきました。

「手、冷たい」

「緊張してるからだと思う」

正直に言うと、離婚したばかりの相手に付け込んでるんじゃないかっていう気持ちが、頭の隅からずっと消えませんでした。

正常位で、ゆっくり挿入しました。

「あ……っ」

「大丈夫か」って聞くと、彼女が小さく頷きました。

動き始めて少しした頃、酒のせいなのか緊張のせいなのか、途中で萎えかけました。

(マジか、この一番大事なとこで……)

「ごめん、ちょっと待って。二十年待った割に、体がついてこない」

彼女が噴き出して、それから体を起こして俺の上に跨ってきました。

「交代」

騎乗位で彼女が腰を動かし始めると、さっきまでの焦りが嘘みたいに落ち着いていきました。

しばらくして体勢を戻して、また正常位に。今度は彼女の顔を見ながら動けました。

「二十年分って言ったの、そっちなんだから。責任取ってよね」

そのひと言で、変な意地みたいなものが働いて、最後は彼女の名前を呼びながら果てました。

一度落ち着いたあと、シャワーの順番待ちをしながらベッドで話しました。

「後夜祭の曲、覚えてる?」

「たぶんゆずだった気がするけど、正直もう正確には覚えてない」

「後夜祭のとき、ほんとは手ぇ繋ぐだけでよかったんだよ。……今さらだけど」

その一言で、二十年前の自分をぶん殴りたくなりました。

明け方近く、彼女のほうから背中を押し付けてくるみたいに寄ってきました。

側位のまま、後ろから抱く形でゆっくり続けました。

一回目みたいな必死さはなくて、その代わりに(この人を名古屋に帰したくないな)っていう気持ちだけが強くなっていきました。

途中で俺の腰が攣りかけて、変な声を出したら彼女に爆笑されました。

「三十八でしょ、体」

「悪かったな、お互い様だろ」

汗で二人分くっついたシーツの上で、しばらくぼんやりしてました。

俺は水がなくなったのに気づいて、下着だけ着けて廊下の自販機まで買いに行きました。

戻ったら、彼女が化粧の落ちた顔をタオルでちょっと隠しながら「見ないでよ、今」って言ってくるので、ペットボトルを渡しながら「別に気にしなくていいのに」って返しました。

館内放送で「チェックアウトは10時です」って流れて、二人でようやく現実に戻りました。

始発待ちの間、なぜか会話はまた高校の購買の揚げパンの話に戻っていきました。

「今度会うときも、揚げパン取れないとか言わないでよね」

「二十年前の負け、まだ根に持たれてるのか」

「言ったでしょ、根に持つタイプだって」

宇都宮駅の改札で、連絡先を交換しました。

彼女は名古屋の実家に戻る新幹線、俺は東京に戻る新幹線で、方向は逆でした。

「今度は二十年待たせないでよ」

笑いながらそう言われて、俺は「うん」としか返せませんでした。

改札を抜けながら、来月名古屋に行く口実を頭の中で必死に探してる自分がいました。

東京と名古屋、離婚したばかりの相手、38歳という歳。

この関係がこの先どうなるのか、正直まだ自分でもわかりません。

それでも、彼女とは逆方向のホームに向かって、俺は歩き出しました。


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