これ、書くかどうかマジで迷ったんだけど、もう半年以上経ったし、まあいいかなって。
俺は今26歳で、都内のIT企業でインフラエンジニアをやってる。身長172cm、体重は聞かないでほしい。顔面偏差値は友達に「雰囲気イケメンの雰囲気すらない」って言われるレベル。まあ要するにフツメン以下です。
で、去年の秋ぐらいから、仕事がとにかくキツくて。サーバー移行のプロジェクトが炎上して、3ヶ月ぐらい毎日終電、土日もリモートで対応みたいな生活をしてた。彼女? いるわけないだろそんなもん。最後に女の子とまともに話したの、コンビニの店員さんぐらいだった。
そんな感じで心も体もボロボロだった11月のある金曜日、珍しく定時で上がれたんですよ。新宿のオフィスを出て、(今日何しよう…)って思いながら歩いてたら、メンエスの看板が目に入った。
前から気にはなってたんだよね。会社の先輩が「マジで癒されるから一回行ってこい」ってずっと言ってて。でも正直、ああいう店に一人で入る勇気がなかった。
ただ、その日は本当に限界だったんだと思う。気づいたらスマホでそのへんの店を検索してて、歌舞伎町から少し外れた雑居ビルの3階にある店を予約してた。90分コース、指名なし。初めてだし誰がいいとかわかんないし。
エレベーターで3階に上がって、薄暗い廊下を歩いて受付に行くと、20代後半ぐらいのお姉さんが対応してくれた。普通のマンションの一室を改装した感じで、思ったよりちゃんとしてた。
個室に通されて、着替えてうつ伏せで待ってた。(どんな子が来るんだろ…)って、正直ちょっとワクワクしてた。疲れてるくせに。
ドアがノックされて、「失礼します」って声がした。
(ん?)
なんか、聞き覚えのある声だった。
ドアが開いて、入ってきた女の子を見て、俺は固まった。
(……え?)
向こうも固まってた。
3秒ぐらい、お互い無言で見つめ合った。
「……あれ、もしかして、田中くん…?」
「……宮野?」
宮野。大学で同じゼミだった女の子。卒業してから一回も会ってなかった。
いや、ちょっと説明させてほしい。宮野って、大学の頃から正直めちゃくちゃ可愛かったんだよ。橋本環奈をちょっと大人っぽくした感じで、身長は158cmぐらい。いつも派手すぎない格好してて、ゼミの飲み会でも隅っこで静かにしてるタイプだった。
俺はゼミで何回か話したことあるぐらいの距離感で、まあ正直、好きだったかと言われると――好きだった。いや、「気になってた」が正確かな。でもあの頃の俺なんか、宮野に話しかけるだけで緊張してたし、告白なんてできるわけなかった。
その宮野が、今、メンエスのセラピストの格好で俺の目の前に立ってる。
「……え、ちょっと待って。マジで田中くん?」
「いや、マジで宮野…だよな?」
「うわ、やば……」
宮野が顔を両手で覆った。耳が真っ赤になってるのが見えた。
「あの、えっと……」
「……交代する?別の子呼ぼうか?」
正直、そうしたほうがいいのはわかってた。お互い気まずいに決まってる。
でも。
「いや、……大丈夫。宮野がよければ、そのまま」
なんでそう言ったのか、自分でもわからない。いや、わかる。わかるけど認めたくなかった。
「……ほんとに?」
「うん」
「……わかった。じゃあ、うつ伏せになって」
宮野の声が、微妙に震えてた。
施術が始まった。背中にオイルを塗られる感触。宮野の手は小さくて、でも意外としっかりしてた。
(いやいやいや、これ大学の同期だぞ?)
頭では理解してるんだけど、背中を流れる指の感触が気持ちよすぎて、思考がぐちゃぐちゃになってくる。
「……肩、めっちゃ凝ってるね」
「あー、最近ずっと仕事やばくて」
「IT系だっけ?」
「よく覚えてんな」
「ゼミの自己紹介で言ってたじゃん。覚えてるよ、そのぐらい」
(そのぐらい?)
なんかその言い方に引っかかったけど、深く考える余裕はなかった。宮野の手が肩甲骨のあたりをぐりぐり押してて、痛気持ちいい。
「宮野は、えっと……いつからここで?」
聞いていいのかわかんなかったけど、聞かないのも不自然だし。
「……1年ぐらいかな。前は普通にOLやってたんだけど、色々あって」
「色々」
「うん、色々。……聞かないでくれると助かる」
「おっけ」
沈黙が流れた。でも気まずい沈黙じゃなくて、なんだろう、お互い色々考えてる沈黙というか。
施術はどんどん下半身のほうに移っていった。太ももの内側を宮野の手が滑る。
(やばいやばいやばい)
反応しないほうがおかしいだろ、これ。大学のとき気になってた女の子に、太ももの内側を触られてるんだぞ。
案の定、もう隠しようがない状態になってた。タオル越しでもわかるレベル。
(気づいてるよな、絶対……)
宮野は何も言わなかった。でも、手の動きが一瞬止まったのは感じた。
「……仰向けになって」
言われるままに体を返す。目を開けると、宮野の顔がすぐ近くにあった。
大学のときより少し大人っぽくなってて、でも目の大きさとか、ちょっと困ったように眉が下がる感じとか、変わってなかった。
(こんな近くで宮野の顔見たの、初めてだ)
「……なに見てるの」
「いや、変わんないなって」
「……変わったよ。色々」
宮野がそう言って、少しだけ笑った。でもその笑顔がなんか寂しそうで、胸がぎゅっとなった。
デコルテから胸の上のあたりを流す宮野の手が、だんだん下がってくる。腹、腰骨のライン、そしてタオルのきわ。
心臓がうるさい。
「……ねえ、田中くん」
「ん」
「大学のとき、私のこと覚えてる?」
「覚えてるよ。ゼミの打ち上げで駅まで一緒に帰ったこととか」
「……覚えてるんだ」
「当たり前だろ。めっちゃ緊張したし」
「え、緊張してたの?」
「そりゃするだろ、宮野相手に」
「……」
宮野の手が完全に止まった。
「それ、どういう意味?」
(あ、やべ。言いすぎた)
「いや、その、宮野かわいいし、みんな緊張するだろ的な」
「みんな、ね……」
なんかちょっと不満そうな顔された。え、なんで?
施術の後半、宮野がタオルをそっとずらした。
「……これ、ここからは本来やらないんだけど」
「え」
「田中くんだから。……いい?」
心臓が止まるかと思った。
(いいのか? これ。いいのか本当に)
頭の中で色んなことがぐるぐる回ってた。大学のときの宮野。飲み会の帰り、新宿駅の改札前で「じゃあね」って手を振った宮野。あのとき声をかけられなかった俺。
「……うん」
宮野の細い指が、直接触れた。
「っ……」
思わず声が出た。宮野のオイルで滑る手が、ゆっくり動く。
「……力、抜いて」
無理だろ。宮野にこんなことされて力抜けるわけないだろ。
でも宮野の手つきは丁寧で、焦らすようにゆっくりで、たまに親指の腹で先端をなぞってくる。そのたびに腰が浮きそうになる。
「宮野……っ」
「しー。声、壁薄いから」
そう言いながら、宮野の空いてる手が俺の手を握ってきた。
指を絡めてくる。その手が震えてた。
「……宮野、震えてるじゃん」
「うるさい。……私だって緊張してるの」
「なんで」
「なんでって……田中くん、ほんと鈍いよね。大学のときからずっと」
(え? ずっと?)
その言葉の意味を考える余裕もなく、宮野の手の動きが速くなった。
「ねえ……私の顔、見て」
目を開けると、宮野が俺を見下ろしてた。頬が赤くて、唇を少し噛んでて、目が潤んでる。
こんな顔、大学のときは見たことなかった。
「宮野……俺、もう……」
「いいよ。……出して」
握る手に力がこもって、ぎゅっと繋いだ指が締まる。
限界だった。
「あ……っ」
全身がびくってなって、宮野の手の中で果てた。
「……いっぱい出たね」
宮野がタオルで丁寧に拭いてくれた。拭いてる間もずっと、繋いだ手は離さなかった。
しばらく天井を見つめてた。心臓がまだうるさい。これが施術の余韻なのか、宮野だからなのか。
(いや、宮野だからに決まってるだろ)
「……ねえ、田中くん」
「ん」
「これ、仕事だから。わかってるよね」
「……うん」
「私、お客さんにこういうこと普通はしないの。勘違いしないで」
「……してない」
嘘。めちゃくちゃ勘違いしそうになってる。
宮野が俺の手をそっと離して、立ち上がった。
「着替えたら受付で。……またね」
「またね」って言った宮野の声が、仕事用じゃなかった気がした。でもそれも俺の願望かもしれない。
受付で会計を済ませて外に出た。歌舞伎町の雑踏の中で、スマホを見たら22時半だった。
(何やってんだ俺……)
帰りの丸ノ内線で、ずっと宮野のことを考えてた。握られた手の感触。震えてた指。「大学のときからずっと」。
家に着いて、シャワー浴びて、布団に入っても寝られなかった。
3日後。
俺はまたあの店を予約してた。今度は指名あり。「みやの」って名前で登録されてた。
(アホだろ俺)
わかってる。でも行かずにいられなかった。
同じ個室。同じベッド。ドアがノックされる。
「……また来たの」
「また来た」
「……バカじゃないの」
そう言った宮野は、でも少し嬉しそうだった。
2回目の施術は、前回より明らかに距離が近かった。宮野の胸が腕に当たる回数が増えてて、顔を近づけて施術するとき、息がかかるぐらいの距離だった。
「田中くんさ」
「ん」
「大学のとき、私が打ち上げの帰りに『今度ふたりでごはん行こ』って言ったの覚えてる?」
「……覚えてる。結局、予定合わなくて流れたやつだろ」
「予定合わなかったんじゃないの。田中くんが既読スルーしたの」
「え」
「私、3日間ずっとスマホ見てたんだけど」
(マジで? いや、待って。あれ既読スルーしたか? ……した。なんで返さなかったんだっけ。あ、そうだ。「社交辞令だろ」って思って返さなかったんだ)
「……ごめん。社交辞令だと思ってた」
「は?」
「だって、宮野が俺と二人でごはんとか、あるわけないだろって」
「あるわけないって何。……ほんとにバカ」
宮野が俺の額をぺちんと叩いた。施術中なのに。
「私はずっと、あんたのこと……」
途中で言葉を止めて、宮野がふいっと横を向いた。
「宮野?」
「……なんでもない。仰向けになって」
また、あの展開になった。でも今回は、宮野が俺の隣に横になった。
狭いベッドで、肩が触れ合う距離。宮野の右手が下に伸びて、俺を握る。左手は、また俺の手を探してきた。
「宮野」
「……ん」
「キス、していい?」
「……それはだめ」
「なんで」
「キスしたら、仕事じゃなくなるから」
その言い方がずるかった。「仕事じゃなくなる」ってことは、今は仕事だから自分を許してるってことだろ。
でも、繋いでる手はぎゅってしてるし、体は密着してるし、何がどう仕事なのかもうわからない。
宮野の手が動いて、俺は前回よりずっと早くイきそうになった。
「やば……宮野、もう……」
「……私の名前、下の名前で呼んで」
「え」
「いいから」
「……あかり」
宮野が息を呑んだのが聞こえた。
「……もう一回」
「あかり……っ」
その瞬間、宮野――あかりが、自分から唇を重ねてきた。
(だめって言ったのに)
柔らかい唇。微かにグロスの味がした。
キスしながら、あかりの手に導かれて、また果てた。
唇が離れたとき、あかりの目から涙がこぼれてた。
「え、なんで泣いて……」
「泣いてない」
泣いてるじゃん。
「……ずっと、こうしたかった。大学のときから、ずっと」
「あかり……」
「でも、こんな場所でこんな形で、最悪じゃん。私がここで働いてるの知られて、しかも……」
「関係ない」
「関係あるよ。私、こういう仕事してる女だよ?」
「それがどうした」
俺は起き上がって、あかりの顔を両手で包んだ。涙で濡れた頬が温かかった。
「俺が4年前に既読スルーしなかったら、こうなってなかったかもしれない。それは俺のせいだろ」
「……それは違う」
「違くないだろ。……なあ、店の外で会えないか」
「……え」
「飯行こう。4年前に行けなかった飯」
あかりがまた泣いた。今度はさっきより激しく。
「……バカ。ほんとにバカ」
「知ってる」
あかりが鼻をすすりながら笑った。泣き笑いの顔が、大学のときより全然可愛くて、胸が苦しかった。
次の週の水曜日。中目黒の小さなイタリアンで、俺たちは向かい合って座ってた。
あかりは白いブラウスにデニムっていうシンプルな格好で、大学のときのあの子がそのまま大人になった感じだった。
「……なんか変な感じ」
「だな」
「だって、あの店で再会して、いきなりこうなるとか……脚本あったら炎上するでしょ」
「たしかに。『展開が雑すぎる』って」
「あはは」
あかりがワイングラスに口をつけた。少し酔ったのか、頬がほんのり赤い。
「ねえ、聞いてもいい?」
「ん」
「あの店で最初に会ったとき、引かなかった?」
「引かなかった」
「嘘」
「嘘じゃない。ていうか、引くとか引かないとかの前に、『宮野だ』ってことしか頭になかった」
「……」
「で、その次に思ったのは、『やっぱかわいいな』って」
「……もう、そういうの店でも言ってよね」
「店で言ったらただの客じゃん」
「……たしかに」
食事が終わって、店を出た。目黒川沿いを歩いた。11月の夜の空気は冷たくて、あかりが「寒い」って言ったから、マフラーを半分貸した。
「近い……」
「マフラー一個しかないし」
「言い訳じゃん」
「言い訳だけど」
あかりが笑って、俺の腕を掴んだ。そのまま、腕を組む形になった。
「ねえ、田中くん」
「下の名前で呼んでっつったの、そっちじゃん」
「……あれは、その場の勢いっていうか」
「俺はもう戻れないけど。あかりって呼ぶの」
「……じゃあ、こっちも。……けんた」
自分の名前をあかりの声で聞くと、こんなに心臓がうるさくなるのかと思った。
「けんた、うち来る?」
「……いいの?」
「ごはんの続き。……お酒、もうちょっと飲みたいし」
嘘だろそんなの。でも俺も嘘に乗った。
あかりの部屋は中目黒駅から歩いて7分ぐらいのワンルームで、きれいに片付いてた。小さなキッチンにはハーブの鉢が3つ並んでて、本棚には村上春樹と料理本が交互に入ってた。
ソファに並んで座って、コンビニで買ったワインを飲んだ。テレビはつけなかった。
「……ねえ」
「ん」
「今日は、仕事じゃないから」
その言葉の意味が、じわっと体に染みた。
あかりが、俺の肩に頭を乗せてきた。
シャンプーの匂いがした。あの店のアロマオイルじゃなくて、あかり自身の匂い。
「あかり」
「ん」
「キスしていい?」
「……今度はだめって言わない」
顔を上げたあかりの唇に、自分から重ねた。
あの店の狭いベッドで盗むみたいにしたキスとは全然違った。ゆっくりで、優しくて、でもどんどん深くなっていった。
「ん……」
あかりの手が俺のシャツを掴んで、引き寄せてくる。
唇を離すと、あかりの目がとろんとしてた。
「……ベッド、行こ」
ベッドに倒れ込むように移動して、上から覆い被さった。あかりのブラウスのボタンを一つずつ外していく。手が震えた。
「……震えてるの、どっち」
「俺」
「あはは。……私も」
ブラウスを脱がして、ブラを外す。大学のときに想像もしなかった光景が目の前にある。
(これ、夢じゃないよな?)
あかりの体は細くて、でも胸はしっかりあって、鎖骨がきれいだった。
「きれいだな……」
「……恥ずかしいんだけど」
「ごめん、でもマジで」
あかりの胸に顔を埋めた。柔らかい。あったかい。
乳首を舌で転がすと、あかりが小さく声を漏らした。
「んっ……」
店では俺が触られる側だったけど、今は俺があかりを触ってる。その事実だけで頭がおかしくなりそうだった。
手を下に滑らせて、デニムの上からあかりの脚の間に触れた。
「あっ……」
「脱がすよ」
デニムを下ろして、下着だけになったあかり。薄いグレーのショーツが、もう湿ってた。
「……濡れてるじゃん」
「……言わないで、バカ」
ショーツの上から指で押すと、あかりの腰が跳ねた。
ショーツを脱がして、直接触れる。ぬるっとした感触。あかりの手が俺の手首を掴んだ。
「っ……やば……」
「ここ?」
「そこ……んっ……上のほう……」
言われるまま指を動かす。あかりの体がだんだんうねってきて、呼吸が荒くなる。
「けんた……けんた……っ」
名前を呼ばれるたびに、理性が削れていく。
「指……入れて……」
ゆっくり一本入れると、中があったかくて、きゅって締まった。
「あ……っ」
「奥、押して……もうちょい……」
二本に増やすと、あかりの声が大きくなった。
「やば……イきそ……」
「イっていいよ」
「けんたの顔見ながら……イきた……」
目を合わせた。あかりの目が潤んでて、焦点が合ってなくて、それがたまらなく色っぽかった。
「ん……っ!あ、……っ!」
あかりの中が、ぎゅうって指を締め付けてきた。体がびくびく震えて、俺のシャツを掴む手に力がこもる。
「はあ……はあ……」
「大丈夫?」
「大丈夫……すごかった……」
余韻でぼんやりしてるあかりの額にキスした。
「……入れて。けんたのが、ほしい」
俺も限界だった。ゴムを——と思ったけど、持ってなかった。
「ゴム、ないんだけど……」
「引き出し。……一応あるの」
一応ってなんだよ、って突っ込もうとしたけどやめた。サイドテーブルの引き出しを開けたら、コンビニで買ったっぽいのが1箱あった。
装着して、あかりの脚の間に体を入れた。
先端を当てると、あかりが俺の背中に手を回した。
「……ゆっくりね」
「うん」
ゆっくり、押し入れる。
「あ……っ」
あかりが息を吸い込んだ。中がぎゅっと締まって、入っていくのに少し力がいった。
「……っ、ん……」
「痛い?」
「平気……動いて」
ゆっくり動き始める。あかりの中は熱くて、吸い付いてくるみたいだった。
(これ宮野あかりの中だぞ。大学のとき話しかけるだけで緊張してた宮野あかりの中に、今、俺が……)
頭がぐらぐらする。信じられない。でも目の前にあかりの顔があって、あかりの声が聞こえて、あかりの中が俺を包んでる。現実だ。
「んっ……あっ……気持ちいい……」
「あかりも?」
「うん……もっと……深く……」
腰を密着させて、奥まで押し込む。あかりが声にならない声を出した。
「そこ……っ!」
爪が背中に食い込む。その痛みすら気持ちよかった。
「あかり……好きだ」
言ってから、(あ、言っちゃった)って思った。でも本心だった。大学のときから、ずっと。
「……っ」
「4年前から、ずっと好きだった。気づくの遅すぎたけど」
「バカ……そういうの、こんなときに……っ」
あかりが泣きながら笑ってた。さっきと同じ泣き笑い。でもさっきよりずっと近くで見てる。
「私も……っ、好きだよ……ずっと……」
キスしながら、腰を動かした。あかりの脚が俺の腰に巻きついてきて、体が完全に密着した。
「もっと速く……して……」
ペースを上げる。ベッドが軋む。あかりの声が断続的に漏れる。
「やば……もう……」
「私も……いっしょに……」
最後に深く突いて、体が弓なりになった。
「っ……!」
あかりの中が波打つように締まって、俺も一緒に果てた。
しばらく、お互いの心臓の音だけが聞こえてた。
「……重い」
「あ、ごめん」
横に転がって、あかりを腕の中に引き寄せた。あかりは俺の胸に顔を埋めて、何も言わなかった。
しばらくしてから、あかりが小さい声で言った。
「……ねえ、けんた」
「ん」
「私、あの仕事やめる」
「……え」
「前から考えてたの。でもきっかけがなくて。……けんたに会って、なんか、もういいかなって」
「俺のためにやめるとか、そういうのは……」
「違う。自分のため。……でも、けんたがきっかけなのは、認める」
俺はあかりの頭を撫でた。柔らかい髪の毛が指の間を通る。
「じゃあ、俺から一個お願いしていい?」
「なに」
「付き合ってほしい。ちゃんと」
「……ちゃんと?」
「彼氏と彼女として。客とセラピストじゃなくて」
あかりが顔を上げた。涙の跡が残った顔で、にって笑った。
「遅いんだよ、4年」
「知ってる。ごめん」
「……うん。付き合う」
あかりが俺の首に腕を回して、ぎゅっと抱きついてきた。
泣いてるのか笑ってるのかわかんない声が、耳元でした。
その夜、俺たちはもう一回した。今度はもっとゆっくりで、名前をいっぱい呼び合って、最後は繋がったまま寝落ちした。
朝、目が覚めたらあかりが隣でまだ寝てた。寝顔が大学のときと変わんなくて、(ああ、俺ずっとこの顔が見たかったんだな)って、やっと自分の気持ちが腑に落ちた。
半年経った今、あかりは前の仕事をやめて、中目黒のカフェで働いてる。俺は相変わらず残業多いけど、帰る場所ができた。
あの日、指名なしを選んでなかったら。あの日、定時で上がれてなかったら。あの日、たまたま歌舞伎町を歩いてなかったら。
全部が偶然で、でも4年分の伏線の回収だったのかもしれない。
……って言ったらあかりに「くさい」って言われたけど。