1. サイズ表の中の社員
僕、藤代涼太、二十五歳。
中堅のメーカーで、人事の仕事をしている。
入社して、二年目。
今、僕が任されているのは、全社の制服を、一新するプロジェクトだった。
藤代涼太「……Mサイズ、四百二十着。Lが、三百十着。LLが……」
朝から晩まで、僕が見ているのは、エクセルの、長い長い表だ。
社員番号。身長。胸囲。胴囲。希望サイズ。
千五百人分の体が、ぜんぶ、半角の数字で、並んでいる。
藤代涼太「在庫の歩留まりを考えると、S・M・L・LLの、四展開が、いちばん効率いいな」
新しい制服は、外部のメーカーから、サイズ別に、まとめて、仕入れる。
そのほうが、安い。
そのほうが、早い。
そのほうが、管理が、楽だ。
気づけば僕は、この会社で働く、一人ひとりの人間のことを。
汗をかき、肩を回し、毎日その服に袖を通す、生きた体としてではなく。
ただの、サイズ記号の、集計として、しか、見ていなかった。
誰が、なで肩で、誰が、いかり肩なのかも、知らない。
その制服を着て、どんな一日を過ごしているのかも、知らない。
僕にとって社員は、表の中で、ソートされる、一行の数字、それだけだった。
そんな僕に、課長は、こう言った。
藤代涼太(……被服室、ね)
新しい制服に切り替えるにあたって、ひとつ、片づけないといけない場所が、あった。
それは、本社の地下にある、〈被服室〉という、古い部屋だった。
2. 地下の被服室
被服室に行くのは、入社して、初めてだった。
そもそも、そんな部屋があることすら、僕は、書類の上でしか、知らなかった。
地下一階。
社員食堂の、さらに奥。
蛍光灯の、ひとつ切れかけた、薄暗い廊下の、突き当たり。
すりガラスの引き戸に、〈被服室〉と、古い書体の札が、かかっていた。
僕は、ためらいながら、引き戸を、開けた。
藤代涼太「……失礼します」
中は、思いがけず、明るかった。
窓のない部屋なのに、手元を照らす作業灯が、いくつも、灯っている。
壁の一面に、何百着もの、紺色の制服が、整然と、吊られていた。
大きな作業台。
足踏みの、古いミシン。
色とりどりの糸が、巻かれた、糸立て。
その、布と糸の海の真ん中に、一人、座っている人がいた。
女の人だった。
背筋を、すっと伸ばして、手元の制服に、針を、運んでいる。
歳は、たぶん、僕より、ずいぶん上。
ひとつに結った髪に、白いものが、品よく、混じっていた。
藤代涼太「あの……人事の、藤代です。制服の件で、お話を、いただきに……」
声をかけると、彼女は、針を止めて、ゆっくりと、顔を上げた。
切れ長の、静かな目だった。
真壁千鶴「……ああ。あなたが」
それだけ言って、また、手元へ、視線を、戻す。
無駄な言葉が、ひとつも、なかった。
その指先で、針が、すうっ、すうっ、と、布をくぐっていく。
僕は、その動きから、なぜか、目を、離せなかった。
3. 服には暮らしが沁みている
真壁千鶴「……話って。この部屋を、畳むこと、でしょう」
縫い終えた糸を、ぷつりと、歯で切りながら、彼女が、ぽつりと、言った。
僕は、どきりと、した。
藤代涼太「……ご存じ、なんですか」
真壁千鶴「だいたい、わかります。新しい制服は、よそから、サイズで仕入れる。それなら、ここで、一着ずつ直す仕事は、いらなくなる」
淡々とした声だった。
恨みも、嘆きも、なかった。
真壁千鶴「私は、ここで、四十年。社員さんの制服を、一着ずつ、体に、合わせてきました」
真壁千鶴「肩を出したり、丈を詰めたり。妊婦さんの分を、ゆるめたり。腰を悪くした人の分を、楽に、仕立て直したり」
彼女は、吊られた制服の列を、見渡した。
真壁千鶴「あそこにあるの、全部、誰の制服か、わかります。名前の、ついてない服は、一着も、ない」
僕は、言葉に、つまった。
エクセルの表で、「LLサイズ・三百十着」と、僕が、一行にまとめたもの。
それは、この人にとって、三百十人の、別々の体だった。
真壁千鶴「服には、ね。着る人の、暮らしが、沁みてるんです」
彼女は、一着の制服を、手に取って、袖を、撫でた。
真壁千鶴「この人は、右利きで、よく腕をつく。だから、右の肘だけ、いつも、先に、薄くなる。……それを、当て布して、直す。それが、私の仕事」
僕が、ずっと、数字としてしか見てこなかったものに。
この人は、四十年、ひとつずつ、名前と、体温を、与えてきた。
藤代涼太「……あの。少し、お話、聞かせて、もらえませんか」
気づけば、そう、口にしていた。
彼女——真壁千鶴さん、と名乗った——は、少し、意外そうな顔をして。
それから、自分の向かいの、丸椅子を、目で、示した。
真壁千鶴「……どうぞ。お茶くらいしか、出ませんけど」
4. 運針を教わる
それから僕は、用がなくても、被服室に、足を運ぶようになった。
「廃止の段取りを詰める」という口実は、最初の二回くらいで、もう、形だけに、なっていた。
藤代涼太「お疲れさまです。……差し入れ、いいですか。上の自販機の、おしるこ」
真壁千鶴「……夏に、おしるこ?」
真壁さんが、めずらしく、ふっと、笑った。
真壁千鶴「でも、嫌いじゃ、ないです。ありがとう」
そう言って、ちゃんと、受け取ってくれた。
僕は、作業台の向かいに座って、彼女が、針を運ぶのを、飽きずに、眺めた。
真壁千鶴「……やってみます?」
ある日、彼女が、針と、はぎれを、僕に、差し出した。
藤代涼太「え。僕が、ですか」
真壁千鶴「数字ばっかり見てる人に、一度、手を、動かしてほしくて」
僕は、おそるおそる、針を、持った。
布に、刺す。
ぜんぜん、まっすぐ、進まない。
縫い目は、大きさが、ばらばらで、よれよれに、曲がっていく。
真壁千鶴「ふふ。……ひどいですね」
藤代涼太「むずかしい……。真壁さんの、あんなに、まっすぐなのに」
真壁千鶴「四十年やってますから。……ほら。指は、こう」
真壁さんが、僕の手に、自分の手を、そっと、添えた。
ひんやりとして、けれど、節の、しっかりした、働き者の手だった。
真壁千鶴「急がない。布の声を、聞くの。布が、入ってほしいところに、針を、入れてあげる」
導かれた針が、すうっと、布を、くぐった。
さっきまでの、よれた縫い目とは、まるで、違った。
その、重なった手のあたたかさに。
僕の心臓が、布の下で、とくん、と、鳴った。
5. 久野さんの茶々
何度目かに行ったとき。
被服室の隅に、もう一人、年配の男の人が、お茶を、すすっていた。
久野さん「お、見ない顔だな」
用度係の、ベテランだった。
久野さん、というそうだ。
会社の備品や制服の、出し入れを、何十年も、見てきた人らしい。
久野さん「あんた、人事の、若いのか。ここんとこ、やけに、地下に降りてくるって、噂だぞ」
藤代涼太「あ、いや。その、引き継ぎの、打ち合わせで……」
久野さん「引き継ぎ、ねえ」
久野さんは、湯呑みの向こうで、にやりと、笑った。
久野さん「真壁さんはなあ、針のことなら、神様だ。この会社の制服を、いちばん、わかってる。……けどな、自分のことになると、まーったく、不器用でな」
真壁千鶴「久野さん。余計なこと、言わないでください」
久野さん「余計なことかね。ほんとのことだ」
久野さんは、しわの寄った顔で、けらけらと、笑った。
そして、僕のほうを見て、声を、ひそめた。
久野さん「この人なあ、四十年、この地下で、一人で、針、握ってきたんだ。……たまにゃ、誰かに、肩、もんでもらってもいいんだ。なあ、兄ちゃん」
真壁千鶴「久野さん!」
真壁さんが、めずらしく、声を、上ずらせて、頬を、染めた。
その、慌てた横顔を見て、僕の胸の奥が、ぎゅっと、なった。
いつも、針の前で、静かに、澄ましている、その人の。
そんな、無防備な表情を、見たのは、初めてだった。
久野さん「ふぉっふぉ。若いねえ」
久野さんは、満足そうに、湯呑みを置いて、台車を押して、出ていった。
二人きりになった部屋に、足踏みミシンの、かたかたという音だけが、残った。
6. 廃止の通達
梅雨が、長引いていた。
地下まで、湿った空気が、降りてきて、糸が、しめって、扱いにくいのだと、真壁さんは、こぼした。
そんなある日。
僕のもとに、上から、一通の、メールが、届いた。
新制服の、切り替え日が、正式に、決まった。
そして、それに合わせて——被服室を、来月いっぱいで、閉じる。
文面は、たった、三行だった。
藤代涼太「……来月、いっぱい」
画面の中で、四十年の仕事が、三行に、要約されていた。
僕が、自分で、組んだ、スケジュールのはずだった。
効率がいいと、コストが下がると、僕が、表計算で、はじき出した、答えのはずだった。
なのに、その三行が、ひどく、冷たく、見えた。
その日の夜。
僕は、また、地下に、降りた。
真壁さんは、いつものように、針を、運んでいた。
藤代涼太「……真壁さん。あの」
真壁千鶴「聞きました。来月、ですってね」
僕より、先に、彼女が、言った。
針の手は、止めないまま。
真壁千鶴「いいんですよ。時代だもの。私も、いい歳。……潮時です」
その横顔は、いつも通り、静かだった。
でも、その針が、いつもより、ほんの少しだけ、ゆっくりに、見えた。
真壁千鶴「最後まで、ちゃんと、やります。この子たちを、きれいにして、送り出すのが、私の、最後の仕事」
「この子たち」というのが、壁の、制服のことだと、もう、僕には、わかった。
僕は、その背中を見て。
胸の中で、何かが、ぐらりと、傾くのを、感じた。
7. 最後の一着
切り替えの日が、近づいた、ある晩。
被服室に、一着の制服が、持ち込まれた。
定年で、来月、退職する、年配の社員さんのものだった。
真壁千鶴「四十年、勤めた人。……私と、同じ。最後に、この制服で、送られたいって」
真壁さんは、その、くたびれた制服を、丁寧に、ほどいて、洗って。
そして、肩や、肘や、襟の、薄くなったところを、一晩かけて、一針ずつ、繕いはじめた。
藤代涼太「……手伝います」
僕は、もう、口実なんて、つけなかった。
藤代涼太「うまくは、できないけど。糸切ったり、運んだり。それくらいなら」
真壁さんは、しばらく、僕を、見つめて。
それから、ふっと、肩の力を、抜いた。
真壁千鶴「……じゃあ、そこの、糸。お願い」
長い、夜の作業だった。
外は、長雨。
地下の部屋に、雨の音は、届かないのに。
しんと、した静けさの底で、二人の手だけが、動いていた。
真壁千鶴「……ね、藤代さん。この、肘の、当て布」
藤代涼太「はい」
真壁千鶴「この人ね、若い頃、よく、机に、肘ついて、図面、描いてたんですって。だから、右の肘だけ、いつも、先に、すり切れた」
彼女の指が、その、すり切れた跡を、いとおしそうに、撫でた。
真壁千鶴「制服って、その人の、四十年が、こうやって、形になって、残るの。サイズ表には、絶対、書いてない、その人だけの、四十年が」
僕は、針を持つ、彼女の手を、見ていた。
僕が、「LLサイズ・一着」と、表に打ち込んだら、それで、消えてしまう、四十年。
それを、この人は、一晩かけて、繕って、見送ろうと、している。
藤代涼太「……真壁さん」
真壁千鶴「ん?」
藤代涼太「僕、間違ってた」
声が、震えた。
藤代涼太「社員のこと、ずっと、数字でしか、見てなかった。この部屋を、ただの、コストだと、思ってた。……でも、違う。ここには、この会社の、四十年分の、体温が、ある」
真壁さんは、針を、止めて。
静かに、僕を、見た。
8. 二人とも、ひとりだった
真壁千鶴「……ありがとう。そう言ってもらえて」
真壁さんは、繕い終えた制服を、そっと、ハンガーに、かけた。
真壁千鶴「でも、いいんですよ。無理しないで。決まったことだもの」
藤代涼太「無理じゃ、ないです」
僕は、まっすぐ、言った。
藤代涼太「明日、僕、提案します。この部屋を、残せないか。新しい制服でも、お直しは、絶対、要る。サイズで仕入れたって、体に、ぴったりの人なんて、いない。……真壁さんの、仕事は、なくならない」
真壁さんの、切れ長の目が、ふっと、揺れた。
真壁千鶴「……どうして、そこまで」
僕は、答えに、つまった。
でも、この、雨の夜の、地下の部屋でなら、言える気がした。
藤代涼太「……僕、ほんとは、ずっと、空っぽだったんです」
藤代涼太「毎日、エクセルの、数字を、上げたり、下げたり。効率がいいって、褒められて。でも、自分が、誰のために、働いてるのか、わからなくなってて」
藤代涼太「真壁さんに、会って。針を、教わって。……初めて、自分の仕事の先に、生きてる人がいるって、思えたんです」
真壁さんは、黙って、聞いていた。
藤代涼太「だから、この部屋を、なくしたくない。真壁さんを……一人に、したくない」
そこまで言って、僕は、言葉に、つまった。
真壁さんが、丸椅子から、立ち上がって。
僕の、すぐ前に、来た。
近かった。
布と、ほのかな、椿油のような、髪の匂いが、した。
真壁千鶴「……私もね、藤代さん」
声が、少し、震えていた。
真壁千鶴「四十年、この地下で、一人で、針、握ってきて。寂しいなんて、思ったこと、なかった。……そう、思い込んでた」
真壁千鶴「でも、あなたが、おしるこ、持って、降りてくるようになって。……その、足音を、待ってる、自分がいたの」
作業灯の灯りに照らされた、その目が、ほんの少し、潤んで、見えた。
9. 雨の夜の被服室
藤代涼太「真壁さん」
真壁千鶴「……千鶴で、いいです」
真壁千鶴「私のほうが、ずっと、年上だし。……こんなおばさん、可愛げ、ないでしょう」
藤代涼太「そんなこと、ないです」
真壁千鶴「……ほんとに?」
潤んだ目で、見上げられて。
僕は、もう、止まらなく、なった。
そっと、彼女の、頬に、手を、添える。
ひんやりとした地下の空気の中で、その頬だけが、熱を、持っていた。
真壁千鶴「……藤代、さん」
藤代涼太「涼太で、いいです」
真壁千鶴「……涼太、くん」
千鶴さんの目が、ゆっくりと、閉じられる。
僕は、その唇に、自分のそれを、重ねた。
ちゅっ。
真壁千鶴「……ん」
柔らかくて、かすかに、おしるこの、甘い味が、した。
一度、離れて、見つめ合う。
作業灯の灯りの中で、彼女の頬が、さっきより、ずっと、赤い。
藤代涼太「……もう一回、いいですか」
真壁千鶴「……一回だけ、なんて。言わないで」
いつも寡黙な人が、そんな、甘えるようなことを、言うから。
僕の、理性が、音を立てて、崩れた。
今度は、もっと、深く。
ちゅっ……ちゅるっ……
唇を重ねながら、彼女の、思ったより細い腰に、腕を、回す。
千鶴さんの手が、おずおずと、僕の、シャツの背中を、きゅっと、握った。
10. 布の海の中で
真壁千鶴「……こっち」
息を乱しながら、千鶴さんが、僕の手を、引いた。
被服室の、奥。
仮縫いの、生地見本が、積まれた、低い、ソファ。
採寸のときに、社員が腰かける、それだけの、簡素なものだった。
引き戸を、閉めると。
廊下の、足音も、絶えて。
二人の、息づかいだけが、近く、なった。
真壁千鶴「……灯り、絞って。このままが、いい」
作業灯の、ひとつだけを、残して。
その、淡い光の中で、僕は、彼女を、そっと、ソファに、横たえた。
真壁千鶴「……あんまり、見ないで。私、もう、若くないから」
藤代涼太「きれいです。すごく」
真壁千鶴「……お世辞でも、嬉しい」
照れたように、目を、そらす。
僕は、制服の、上着の、ボタンに、手を、かけた。
ひとつ、ひとつ、外していくと。
下から、思いがけず、白い、肌が、現れた。
普段、きっちりと、制服に、隠れている体は、想像より、ずっと、女らしかった。
藤代涼太「……すごく、きれいな体だ」
真壁千鶴「……っ、だから、言わないで……」
千鶴さんが、両腕で、胸元を、隠す。
その手を、僕は、そっと、どけた。
背中に、手を回して、ホックを、外す。
かちり、と。
肩から、紐が、滑り落ちて、ふるん、と、白い胸が、こぼれた。
真壁千鶴「……ぁ」
淡い灯りに、照らされて、それは、ひどく、なまめかしかった。
僕は、その柔らかさを、両手で、そっと、包んだ。
むにゅ、と、指が、沈んでいく。
真壁千鶴「ん……っ」
藤代涼太「……柔らかい」
真壁千鶴「もう……それ、言わないでって……っ」
口では、強がるのに。
千鶴さんの息は、もう、すっかり、上がっていた。
11. ほどけていく
指の先で、つんと色づいた先端に、触れると。
彼女の体が、びくっと、跳ねた。
真壁千鶴「ひゃっ……そこ……っ」
藤代涼太「ここ、弱いんですか」
真壁千鶴「……っ、知らない……っ」
僕は、片方の先端を、口に、含んだ。
ちゅっ……れろっ……
真壁千鶴「あっ……ん……っ」
いつも、針の前で、澄ましている、あの横顔とは。
まるで、違った。
甘くて、頼りない声が、千鶴さんの口から、ぽろぽろと、こぼれる。
その、ギャップに、僕は、たまらなく、なった。
舌で、先端を転がしながら、もう片方の胸を、やわやわと、揉む。
真壁千鶴「涼太くん……っ、それ……だめ……っ」
彼女の、太ももが、もじもじと、すり合わさっている。
僕は、そっと、スカートの、奥に、手を、伸ばした。
藤代涼太「……脱がせて、いいですか」
真壁千鶴「……うん」
スカートを、下ろすと。
シンプルな、下着だけに、なった。
その中心は、もう、しっとりと、湿りはじめていた。
布越しに、そっと、指で、なぞると。
真壁千鶴「んっ……」
千鶴さんの腰が、ぴくんと、跳ねた。
藤代涼太「……もう、濡れてます」
真壁千鶴「……言わないでって……っ。だって、涼太くんが……」
恥ずかしそうに、顔を、背ける彼女の、最後の一枚を。
僕は、ゆっくりと、脱がせた。
露わになったそこは、淡い灯りに、しっとりと、濡れて、光っていた。
指で、優しく、敏感な突起を、撫でる。
くちゅ、と、小さな、水音が、した。
真壁千鶴「あっ……♡」
藤代涼太「気持ちいいですか」
真壁千鶴「……っ、うん……っ♡」
円を描くように、撫でながら、指を、ゆっくりと、中へ、滑らせた。
ずぷ、と。
真壁千鶴「んあっ……♡」
熱くて、きつい中が、僕の指を、きゅっと、締めつける。
感じる場所を、探って、指の腹で、ゆっくりと、擦る。
真壁千鶴「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡」
千鶴さんが、生地見本を、ぎゅっと、握った。
普段、ひと針ひと針、迷いなく動く、その器用な手が。
僕の、指一本に、こんなに、力なく、乱れている。
それが、愛おしくて、たまらなかった。
真壁千鶴「涼太くん……っ♡ だめ……それ、続けたら……っ♡」
藤代涼太「いいですよ。イって」
真壁千鶴「やっ♡ 見ないで……っ♡♡」
指の動きを、速めると。
千鶴さんの体が、ぐっと、反った。
真壁千鶴「あっ♡ あっ♡ ——っ♡♡♡」
びくびく、と腰が、震えて、中が、きゅうっと、締まった。
息を切らせる彼女の、汗で張りついた前髪を、僕は、そっと、よけてやった。
12. 重なる夜
真壁千鶴「……はぁ……っ。涼太くんも……」
千鶴さんが、潤んだ目で、僕を、見上げた。
真壁千鶴「私だけ……ずるい。涼太くんも、ちゃんと、来て」
僕は、避妊具をつけて、彼女の、脚の間に、体を、進めた。
熱く、張りつめたものを、濡れた入り口に、あてがう。
藤代涼太「……いきます」
真壁千鶴「……うん。来て」
ゆっくり、腰を、進めた。
ずぷ……っ♡
真壁千鶴「んっ……あぁ……っ♡♡」
先端が、入った瞬間、千鶴さんが、僕の背中に、しがみついた。
きつい。
でも、とろとろに、濡れているから。
彼女の中は、僕を、奥まで、すんなりと、受け入れていく。
ずず……っ
真壁千鶴「あ……っ♡ 奥まで……来てる……っ♡」
藤代涼太「……千鶴さんの中、すごく、熱い」
根元まで、収まって、僕は、一度、深く、息を、吐いた。
繋がった場所から。
あの日、廃止の話を持って、初めて地下に降りてから、今日までの距離が。
じんわりと、埋まっていく。
ゆっくりと、動きはじめた。
ずちゅ……ぱちゅ……
真壁千鶴「あっ♡ ん……っ♡」
最初は、彼女を、気遣う、優しい律動。
藤代涼太「気持ちいいですか」
真壁千鶴「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
藤代涼太「僕も。……ずっと、こうしてたい」
千鶴さんが、僕の首に、腕を回して、自分から、唇を、求めてきた。
キスをしながら、奥を突くたびに、彼女の体が、跳ねる。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
真壁千鶴「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
藤代涼太「ここ、好きですか」
真壁千鶴「っ♡♡ 好き……っ♡ 涼太くんの、好き……っ♡♡」
それが、体のことなのか、僕自身のことなのか。
たぶん、どっちも、だった。
地下の、布に囲まれた、静かな部屋に。
二人の息と、肌のぶつかる音が、淡い灯りの中に、満ちていく。
真壁千鶴「涼太くん……っ♡ もう……っ♡」
藤代涼太「僕も……っ。一緒に」
真壁千鶴「うん……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
僕は、千鶴さんを、ぎゅっと、抱きしめて、最後の律動を、速めた。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
真壁千鶴「あっ♡ あっ♡ イクっ……♡ 涼太くん、一緒に……っ♡♡」
藤代涼太「……っ、千鶴さんっ」
ぱちゅんっ——♡♡♡
真壁千鶴「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥で、僕が、震えるのを。
千鶴さんの体が、ぎゅうっと、締めつけながら、受け止める。
二人で、同じ波に、さらわれた。
汗ばんだ体が、ぴったりと、重なったまま、しばらく、動けなかった。
真壁千鶴「……はぁ……っ。すごかった」
藤代涼太「……千鶴さん」
真壁千鶴「千鶴で、いいって。……涼太くん」
照れたように、笑って、彼女は、僕の胸に、頬を、すり寄せた。
13. 雨上がりの朝
翌朝。
二人で、被服室を、出て、地上に、上がると。
長かった、梅雨が、ようやく、明けていた。
社屋の窓の外で、洗ったような、青い空が、広がっている。
真壁千鶴「……明けたね、雨」
千鶴さんが、まぶしそうに、目を、細めた。
その日、僕は、会議で、被服室の存続を、提案した。
新しい制服に、切り替えても、お直しと、繕いの仕事は、残す。
外から仕入れた服を、社員一人ひとりの体に、合わせ直す。
それは、コストでは、なく、この会社が、社員を、数字ではなく、人として、扱っている、証なのだと。
資料の、いちばん最後に、僕は、こう書いた。
「服には、着る人の暮らしが、沁みている」
——真壁さんの、言葉を、借りて。
提案は、すんなりとは、通らなかった。
でも、何度か、掛け合ううちに。
被服室は、規模を、縮めながら、残ることに、なった。
その報告を、地下に、しに行くと。
真壁千鶴「……ありがとう」
千鶴さんは、針を、止めて、ふっと、笑った。
真壁千鶴「四十年で、いちばん、嬉しい、繕いものを、もらった気分」
ちょうど、そのとき。
すりガラスの引き戸が、がらり、と、開いて。
久野さん「おう、二人とも。……っと、なんだ、朝から、いい顔して」
台車を押した、久野さんが、入ってきた。
僕と、千鶴さんを、交互に、見て。
それから、しわくちゃの顔を、にんまりと、ほころばせた。
久野さん「やーれ、やれ。あの長雨を、二人で、越えたか。……顔に、書いてあるぞ。いろいろ、な」
真壁千鶴「久野さん! 朝から、なんですか!」
久野さん「ふぉっふぉっ。いいことだ。……一人で握ってた針、やっと、半分、誰かに、持ってもらえたか」
けらけら笑う久野さんに、千鶴さんは、顔を、真っ赤にして。
でも、その目は、隠しきれないほど、嬉しそうだった。
廃止の段取りに、地下へ降りた、たった一日が。
僕に、服に沁みた、人の暮らしの、繕い方を、教えてくれて。
そして、その服を、四十年、一人で繕ってきた人と、僕は、恋人に、なった。
藤代涼太「今夜、仕事終わったら、また、降りてきます。……お直しの、引き継ぎ、じゃなくて」
真壁千鶴「うん。……待ってる」
地下の、布と糸の海の中で。
足踏みミシンが、かたかたと、軽やかに、鳴っていた。
僕は、もう、社員を、数字でしか見ない目を、捨てて。
ひと針ずつ、丁寧に、生きていこうと、思った。
縫い合わせる、相手が、できたから。
― 終 ―