十一月の信州は、朝がいちばん冷たい。
夜明け前、息が白く凍る斜面に立つと、谷じゅうのりんご畑が、霜で薄く銀色に光っている。その一本一本に、真っ赤に熟れたふじが、重たそうにぶら下がっている。
僕、高村透(たかむら とおる)、二十九歳。この山あいの村で、祖父が遺したりんご園を、ひとりで継いでいる。
東京には、結局、出なかった。高校を出るころに祖父が腰を悪くして、誰かが畑を継がなきゃいけなくて、気づいたら、それが僕になっていた。後悔は、していない。ただ、十一月のふじの収穫は、毎年、ひとりの手にはあまりに広すぎた。
その年も、僕はひとりだった。早生のつがるも、シナノスイートも、もう穫り終えて、残っているのは、いちばん遅い、いちばん赤い、ふじだけ。初雪が降る前に、ぜんぶ穫りきらないといけない。間に合うのか、毎朝、空ばかり見上げていた。
そんな晩秋の朝に、彼女は帰ってきた。
1. 帰ってきた幼馴染
その日、僕は選果場の前で、穫ったばかりのふじをコンテナに並べていた。
選果場といっても、トタン屋根の、古い作業小屋だ。隅には薪ストーブ、棚にはコンテナが積み上がって、林檎の甘い匂いが、年じゅう染みついている。
軽トラの荷台からコンテナを下ろしていると、坂の下から、見慣れないキャリーケースを引いた女の人が、ゆっくり上ってきた。都会の、薄手の上等そうなコートを着て、こんな山道には不似合いな、きれいな革のブーツを履いている。
顔を上げて、僕は、手を止めた。
美緒「……透。やっぱり、ここにいた」
長い髪を、後ろでひとつに束ねている。少し痩せて、目の下に、隠しきれない疲れの色がある。それでも、その笑い方を、僕が見間違えるわけがなかった。
透「……美緒?」
三上美緒(みかみ みお)。隣の家の、幼馴染。小学校から中学まで、毎日のように、この畑で一緒にりんごをかじっていた。高校を出て東京の製菓学校へ行って、それきり、盆にも正月にも、ほとんど帰ってこなくなった、あの美緒だ。
美緒「ひさしぶり。……十年ぶり、くらいかな」
透「どうした、急に。連絡もなしに」
美緒「うん。……ちょっとね、いろいろ、終わっちゃって」
そう言って、美緒は、笑った。けれど、その笑顔は、東京の冷たい風みたいに、どこか乾いていた。
美緒「実家、しばらく誰もいないでしょ。お母さんたち、町のほうに移っちゃったから。……勝手に、帰ってきちゃった」
透「いや、それは、いいけど」
僕は、軍手を外して、彼女のキャリーケースに手を伸ばした。車輪が、霜の地面で、ごとごとと鳴った。
十年ぶりの幼馴染は、僕の知っている美緒のまま、けれど、ずいぶん遠いところを通って、帰ってきたみたいだった。
2. 売り物にならないりんご
実家に荷物を置いてくる、と言った美緒は、夕方、なぜかまた畑に上ってきた。
美緒「家にいても、落ち着かなくて。……手伝う。何すればいい?」
透「いや、いいよ。お前、疲れてんだろ」
美緒「いいから。手、動かしてたいの」
その言い方に、なんとなく、放っておけなくて、僕は彼女に選果を頼んだ。穫ってきたふじを、傷や色で、出荷用と、そうでないものに分ける。単純だけど、目と手が要る作業だ。
美緒は、コンテナの前にしゃがんで、りんごを一つずつ手に取った。やっぱり、職人の手つきだった。傷の浅い深いを、ぱっと見分けて、迷いなく分けていく。
美緒「……これ、こっちは、どうするの。傷もののほう」
透「ああ。それは、ジュース用に出すか、最悪、捨てる。味は変わんないんだけどな。蜜だって、ちゃんと入ってる。……ただ、見た目が悪いと、売り物になんない」
美緒は、傷もののふじを一つ手に取って、半分に割った。断面の蜜が、夕日に、飴色に光った。
美緒「……もったいない。こんなに甘いのに」
透「毎年、コンテナで何箱も出る。ひとりだと、加工してる暇もないしな」
彼女は、しばらく、その断面をじっと見ていた。それから、ふいに、顔を上げた。十年ぶりに、その目に、ちゃんと光が灯った気がした。
美緒「……透。これ、もらっていい? 傷ものの、ふじ」
透「いいけど。何すんだよ」
美緒「焼く。……タルト。私、これでも、いちおう、パティシエだから」
その「いちおう」に、何かが引っかかった。でも、その夜の美緒の横顔は、畑に上ってきたときより、ずっと、生き返って見えた。
3. 選果場のタルト
翌日の午後、美緒は、実家の台所で焼いたというタルトを、まるごと一台、選果場に持ってきた。
薪ストーブの上で、湯を沸かして、二人で食べた。
ひと口で、僕は、言葉をなくした。バターの効いた生地の上で、りんごが飴色にとろけて、酸味と甘みが、口の中でほどけていく。あの、傷もので捨てるはずだったふじが、こんなものに変わるなんて。
透「……うまい。なんだこれ。すげえ、うまい」
美緒「でしょ。タルトタタンっていうの。崩れたりんごでも、傷があっても、ぜんぶ煮ちゃうから、関係ないんだ。……むしろ、よく熟れてるほうが、おいしい」
美緒は、自分の分を、ちいさくフォークで切って、口に運んだ。そして、ふっと、息を吐くみたいに笑った。
美緒「……ひさしぶりに、おいしいって思いながら、焼いたかも」
透「どういう意味だよ」
美緒「……東京ではさ、味なんか、わかんなくなってたんだ。何台焼いても、何時間立ってても。ただ、こなすだけ」
ストーブの火が、ぱちんと爆ぜた。美緒は、両手でカップを包んで、その小さな炎を見ていた。
美緒「銀座の、ちょっと名前の知れた店にいたの。みんな、憧れる店。……でも、毎朝四時に入って、終電で帰って。先輩に、ずっと、だめ出しされて。だんだん、自分が、何のためにお菓子作ってるのか、わかんなくなって」
その言葉が、十年前、東京へ行く彼女を、駅で見送ったときのことと、重なった。あのとき美緒は、目を輝かせて、「世界一のお菓子屋さんになる」と言っていた。
美緒「……笑うでしょ。世界一になるって出てったのに、結局、逃げ帰ってきて」
透「笑わねえよ」
僕は、二切れ目のタルトに、フォークを入れた。
透「逃げてきた人間の焼いたもんが、こんなにうまいわけ、ないだろ。……お前、ちゃんと、味、わかってるよ。今」
美緒は、目を見開いて、それから、ちいさく、うつむいた。その耳が、ストーブの灯りのせいだけじゃなく、少し赤くなっていた。
4. 葉摘みと、玉回し
それから美緒は、毎日のように、畑に上ってくるようになった。
美緒「収穫、ひとりじゃ間に合わないんでしょ。手伝う。……どうせ、私も、暇だし」
透「助かる。……正直、初雪までに穫りきれるか、毎年、賭けみたいなもんだから」
二人で、はしごを掛けて、ふじをもいだ。美緒は、りんごの穫り方なんて、子どものころに覚えたきりのはずなのに、すぐに勘を取り戻した。
透「軸、残すように。実だけ引っぱると、来年の芽、傷めるから」
美緒「覚えてる。……透のじいちゃんに、教わったもん。ここで」
ふじが赤くなりきっていない木では、葉摘みもした。実にかかる葉を、ていねいに摘んで、日を当てる。そうすると、りんごが、全体に、均一に色づく。
美緒「これ、すごいね。葉っぱ一枚で、こんなに色が違うんだ」
透「玉回しもな。日の当たってない裏側を、くるっと回してやる。そうやって、ぜんぶの面に、日ぃ当てる。……地味だろ。でも、これやらないと、片面だけ青いりんごになる」
美緒は、一つひとつ、りんごを手のひらで回しながら、ふっと笑った。
美緒「……お菓子と、おんなじだ」
透「あ?」
美緒「見えないところを、どれだけ手をかけるか。それで、最後の見た目が、ぜんぜん違ってくる。……透、すごいね。こういうこと、毎日、ひとりでやってきたんだ」
褒められて、僕は、なんだか照れくさくて、はしごを登るふりをして、顔を背けた。
夕方、谷に日が落ちると、二人の吐く息が、白く混じった。冷えた指先を、ストーブで温めながら、僕は、この時間が、終わってほしくないと、思いはじめていた。
5. 圭の話
ある日、村の直売所に空きコンテナを返しに行くと、レジにいたのは、同級生の圭だった。
実家の農協を手伝いながら、直売所を回している、人のいい、おしゃべりな男だ。
圭「おう、透。……噂、ほんとだったんだな。美緒ちゃん、帰ってきてんだって?」
透「……この村、ほんと、噂が早いな」
圭「軽トラがどこ停まってるかで、ぜんぶ筒抜けだからな。……お前んとこ、毎日上ってんだろ、あの子」
圭は、にやにやしながら、僕に缶コーヒーを押しつけてきた。それから、少し声を落とした。
圭「……あのさ。あの子、相当、無理してたらしいぞ。東京で」
透「……知ってんのか」
圭「うちの姉ちゃん、美緒ちゃんと、まだ連絡取り合っててさ。……店、潰れたんだって。コロナのあとから、ずっと厳しくて。最後は、給料も止まって。あの子、それでも、いちばん最後まで、店に残ってたって」
僕は、缶コーヒーを握りしめたまま、何も言えなかった。
圭「店長が、最後に泣きながら謝ってさ。あの子、『私こそ、力になれなくて、すみません』って、頭下げたらしい。……それで、ぜんぶ無くなって、帰ってくる場所が、ここしか、なかったんだと」
直売所の窓の外で、谷の木々が、晩秋の風に、かさかさと鳴っていた。
圭「なあ、透。あの子、ここに帰ってきてから、ちょっとずつ、顔が、戻ってきてるって。姉ちゃんが言ってた。……お前の畑に通うようになってから、だってよ」
透「……」
圭「俺が言うのもなんだけどさ。あの子のこと、ちゃんと、見ててやれよ。お前しか、いないんだから」
帰り道、軽トラのハンドルを握りながら、僕は、ずっと、美緒の「いちおう、パティシエだから」という、あの言い方を、思い出していた。
6. 朝市のタルトタタン
その週末、僕は、美緒を直売所の朝市に誘った。
透「うちの傷もののふじ、どうせ捨てるんだ。……お前のタルト、店に出してみないか。圭が、棚、一つ空けてくれるって」
美緒「……え。私の?」
透「うまいんだから。あれ。……俺が保証する」
美緒は、しばらく迷っていたけれど、結局、夜なべして、十二台、焼いた。実家の小さなオーブンで、何度も焼き直しながら。
朝市に並べたタルトタタンは、昼前に、ぜんぶ売り切れた。
圭「すげえな、美緒ちゃん! 観光客が、写真撮って、SNSに上げてったぞ。『傷ものりんごのタルト』って」
美緒「ほんとに……? 売れた……?」
美緒は、空になったトレイを抱えて、呆然と立っていた。それから、その目に、みるみる涙が盛り上がった。
美緒「……どうしよう。私、うれしい。……ひさしぶりに、お菓子作って、うれしいって、思った」
透「な。言っただろ。お前のは、うまいって」
美緒は、トレイで顔を半分隠して、こくこくと、何度もうなずいた。泣き笑いの顔が、夕日に、きれいだった。
その帰り道、谷を見下ろす道で、美緒が、ぽつりと言った。
美緒「……ねえ、透。私さ。ここで、お菓子屋さん、やれるかな」
透「やれるよ」
美緒「即答だ」
透「だって、お前のりんごのタルト、世界一うまいもん。……お前が、世界一になるって、言ってたやつ。もう、なってるよ。この谷では」
美緒が、足を止めた。冷たい風が、彼女の前髪を揺らした。
美緒「……ずるいよ、透。そういうこと、さらっと言うの」
その声が、少し、震えていた。
7. 初雪の予報
十一月の終わり、ラジオが、その夜の初雪を告げた。
透「やべえ。……まだ、北側の畑、半分残ってる。雪かぶると、ふじが傷む。今夜中に、穫りきらないと」
美緒「手伝う。当然でしょ」
日が暮れてから、僕たちは、ヘッドライトを点けて、最後のふじをもいだ。指がかじかんで、白い息が、ライトの光の中で、煙みたいに流れた。
夜の十時すぎ、最後のコンテナを選果場に運び込んだとき、谷の上から、ひらり、ひらりと、白いものが落ちはじめた。
美緒「……雪」
透「ぎりぎり、間に合った。……お前のおかげだ。ひとりだったら、絶対、無理だった」
僕は、薪ストーブに薪をくべた。冷えきった小屋が、少しずつ、暖まっていく。美緒は、コンテナに山と積まれた、真っ赤なふじを見て、ほうっと息を吐いた。
美緒「……きれい。これ、ぜんぶ、今年穫ったやつ」
透「ああ。……お前と、二人で、な」
ストーブの灯りに照らされて、彼女の頬が、ほのかに赤かった。窓の外では、雪が、音もなく、降り積もりはじめている。
美緒「……透。私、決めた。ここに、残る。この谷で、お菓子屋さん、やる。……透のりんごを、使わせてもらって」
透「……ほんとか」
美緒「うん。……それでね」
美緒が、コンテナの縁に手を置いて、僕のほうを、まっすぐ見た。ストーブの炎が、その瞳の奥で、ちらちらと揺れていた。
美緒「それで、その理由の、半分は。……りんごじゃ、ないんだ」
8. 雪の降る夜に
小屋の中に、ストーブの爆ぜる音と、外の、雪の静けさだけが、満ちていた。
透「……半分は、なんだよ」
美緒「……言わせる気? ずるいな、透は、ほんと」
美緒が、一歩、僕のほうへ近づいた。りんごと、バターと、ほんの少しの汗の匂いが、ふわりと近づいた。
美緒「東京で、いちばんつらかったとき。……いつも、思い出してたの。この畑のこと。透が、はしごの上から、りんごをもいでた、あの背中のこと」
その目が、潤んでいた。僕の心臓は、ストーブの音に負けないくらい、うるさく鳴っていた。
透「……美緒」
美緒「帰ってくる場所が、ここしかなかったんじゃ、ないんだ。……透がいるから、帰ってきたの。たぶん、ずっと前から」
僕は、もう、我慢できなかった。冷えた彼女の頬に、両手を添える。雪の夜の冷たさと、ストーブの暖かさが、その肌の上で、混じっていた。
透「……俺も、だよ。お前が坂の下から上ってきたとき。……あ、帰ってきた、って。それだけで、胸が、いっぱいになった」
美緒「……っ」
透「キス、していいか」
美緒「……いちいち、聞かないでよ。子どもの頃から、鈍いんだから」
それが、答えだった。顔を寄せて、唇を重ねる。冷たくて、けれど、すぐに溶けていく、柔らかい唇だった。
ちゅ、と。
美緒「ん……」
一度離れて、目を合わせて、どちらからともなく、もう一度、深く重ねた。十年分の距離が、唇から、ほどけていくみたいだった。
ちゅ……ちゅぷ……
美緒「は……っ、透……」
唇の隙間から舌が触れると、美緒が、おずおずと、それに応えた。腕の中で、彼女の体から、少しずつ、強張りが抜けていくのがわかった。
透「……奥に、休憩用の布団、ある。古いけど」
美緒「……うん。……寒いの、やだから。ストーブの、近くがいい」
9. 繋がる
ストーブの前に、毛布を敷いた。
火明かりだけの、薄暗い小屋。窓の外は、降りしきる雪の、青白い闇。僕は、美緒をそっと座らせて、隣に腰を下ろした。
透「緊張、してる?」
美緒「……してるよ。だって、相手、透だもん。小さい頃、青っ洟垂らしてた透だもん」
透「それ、今、言うことかよ」
美緒「……でも。透で、よかった。……ほかの、誰でもなくて」
その一言で、胸の奥が、熱くなった。もう一度、唇を重ねる。今度のキスは、さっきより深くて、もっと熱かった。
ちゅぷ……れろ……ちゅ……
美緒「ん……ふ……っ」
キスをしながら、彼女のニットの裾から、手を滑り込ませる。冷えた肌が、僕の手のひらの下で、びくりと震えた。
美緒「……っ、手、冷たい」
透「悪い。……すぐ、あっためる」
ニットを脱がせて、その下のキャミソールの肩紐を、ゆっくり外していく。りんごの選果をするときと同じくらい、ていねいに。急かさないことに、かえって、美緒の体が、もどかしそうに揺れた。
透「……きれいだ。美緒」
美緒「やだ……っ、見ないで……恥ずかしい……」
透「ほんとのこと、だろ」
僕の唇が、白い首筋に降りていく。
ちゅ……ちゅっ……
美緒「ん……っ」
鎖骨に、肩に、唇が落ちるたびに、肌が、ぴくんと跳ねた。ブラのホックを外すと、火明かりの中に、胸がこぼれ出る。僕の手が、それを、そっと包んだ。
美緒「あ……っ」
透「……やわらかい」
美緒「もう……っ、いちいち、言わないで……っ」
形を確かめるように揉むと、美緒は、口元を手の甲で押さえた。指の腹が、つんと立ちはじめた先端をかすめると、体が、びくっと跳ねる。
美緒「ひゃ……っ、そこ……っ」
透「ここ?」
美緒「っ……意地悪、しないで……っ」
口では強がるのに、先端を口に含んで、舌で転がしはじめると、もう、だめだった。
れろ……ちゅ……ちゅうっ……
美緒「あ……っ、ん……っ♡ やぁ……っ♡」
甘い声が、勝手に漏れる。ストーブの炎が、その火照った肌を、橙色に照らしていた。胸を愛撫しながら、もう片方の手で、スカートの中、内ももを、ゆっくり撫で上げていく。
美緒「ん……っ♡」
透「力、抜いて。……痛くしない」
その声に、美緒の体から、少しずつ、力が抜けた。下着の上から、いちばん敏感なところに触れると——
美緒「あっ……♡」
布越しでも、もう、そこが、熱を持っているのがわかった。指がそっと撫でるたびに、腰が、ちいさく揺れる。下着をずらして、直接そこに触れると——
くちゅ、と。
美緒「ひゃ……っ♡」
透「……もう、こんなに」
美緒「言わないで……っ♡ 透の、せいだから……っ」
恥ずかしさで消えそうな顔をして、それでも美緒は、僕の腕に、ぎゅっとしがみついてきた。敏感な突起を、指の腹で、くるくると円を描くように撫でると、彼女の腰が、跳ねた。
くちゅ……くちゅ……
美緒「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡」
透「美緒、すごい顔してる。……かわいい」
美緒「やっ……見ないでって……っ♡」
指が、ゆっくり、中へ滑り込んでいく。
ずぷ……っ
美緒「あぁ……っ♡」
熱くて、とろとろに濡れていた。外で降る雪の静けさが、彼女の声を、優しく包んでいる。弱い場所を指の腹で擦りながら、親指で突起を転がすと、美緒の体は、もう、自分では止まらなかった。
くちゅくちゅくちゅっ……
美緒「あっ♡ あっ♡ だめ……っ♡ それ、続けたら……っ♡」
透「いいよ。イって」
美緒「やっ♡ 恥ずかしい……っ♡♡」
指の動きを速めると、美緒の体は、あっという間に、高みへ押し上げられた。
美緒「あっ♡ あっ♡ あっ♡——っ♡♡♡」
びくびくっ、と腰が跳ねて、美緒が、僕の腕の中で、ぎゅっと体を丸めた。
透「……イったな」
美緒「……っ、言わないでってば……っ♡」
息を切らせる彼女の額に、そっとキスを落とす。汗で張りついた前髪を、指で、優しくよけてやった。
美緒「……ねえ、透」
透「ん」
美緒「私ばっかり、ずるい。……透も、来て」
強気な口ぶりなのに、声は、甘く震えていた。僕がシャツを脱ぐと、美緒が、ぼうっと、それを見ていた。彼女をそっと毛布に横たえて、覆いかぶさる。脚の間に体を割り込ませて、熱く張りつめたものを、入り口に、あてがった。
透「……美緒。いいか」
美緒「うん……っ。来て、透」
透「……つけるから、待ってろ」
美緒「……うん」
避妊具をつける僕を、美緒が、潤んだ目で見ていた。こんな夜でも、ちゃんと手順を守る僕を見て、彼女が、ふっと、笑った。
美緒「……そういうとこ、昔から、変わんないね。透は」
透「……お前を、大事にしたいだけだ」
もう一度、頬に手を添える。
透「いくぞ」
美緒「……優しく、して。ひさしぶり、だから……っ」
ずぷ……っ♡
美緒「ん……あぁ……っ♡♡」
先端が入った瞬間、美緒が、僕の背中に腕を回して、しがみついた。きつい。でも、とろとろに濡れているから、痛みより、満たされていく感覚のほうが、ずっと大きいのが、わかった。
ずず……っ
美緒「あ……っ♡ 奥まで……来てる……っ♡」
透「……っ、美緒の中、すごく熱い」
根元まで収まって、僕は、ふっと息を吐いた。繋がった場所から、十年分の距離が、じんわりと、埋まっていく。美緒が、僕の背中にしがみついたまま、震える声で囁いた。
美緒「……繋がってる。あの透と、私……っ♡ 変な、感じ……っ♡」
透「もう、青っ洟垂らしてた透じゃない。……お前を、ちゃんと、幸せにできる男だ」
美緒「っ♡♡ そういうの、ずるいって……っ♡」
ゆっくり、動きはじめる。
ずちゅ……ぱちゅ……
美緒「あっ♡ あっ♡ ん……っ♡」
最初は、彼女の体を気遣う、優しい律動。引くたびに切なくて、奥に届くたびに、彼女の声が漏れる。額から落ちた汗が、美緒の胸に、ぽつりと落ちた。
透「美緒。気持ちいいか」
美緒「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
透「俺も。……ずっと、こうしたかった」
その言葉に、美緒が、僕の首に腕を回して、自分から、唇を求めてきた。キスをしながら繋がっているのが、こんなに幸せだなんて、この谷でひとりりんごを作ってきた僕は、知らなかった。律動が、だんだん深くなって、奥のいちばん感じる場所を突くたびに、美緒の体が、跳ねた。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
美緒「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
透「ここ、いいか」
美緒「っ♡♡ いいっ……♡ 透の、好きっ……♡♡」
口走ってから、それが、体のことなのか、僕自身のことなのか、美緒にも、わからなくなったようだった。たぶん、どっちもだ。彼女の脚を抱え直して、結合が、深くなる。
ぱちゅんっ♡♡
美緒「ひあっ♡♡ 深いっ……♡♡」
透「美緒、中、すごい締まってる」
美緒「だって……っ♡ 気持ちよくて……っ♡♡」
ストーブの炎の音と、二人の息と、肌のぶつかる音が、雪の夜の小屋に満ちる。僕は、もう、何も考えられなかった。ただ、目の前の幼馴染が愛しくて、十年分の想いが、体の奥から、溢れてくる。
透「美緒……そろそろ……っ」
美緒「うん……っ♡ 私も……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
美緒を、ぎゅっと抱きしめて、最後の律動を、速める。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
美緒「あっ♡ あっ♡ あっ♡♡ イクっ……♡ 透、一緒に……っ♡♡」
透「ああ……っ、美緒……っ!」
ぱちゅんっ——♡♡♡
美緒「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥でびくびくと跳ねる僕を、美緒の体が、ぎゅうっと締めつけながら、受け止める。二人で、同じ波に、さらわれた。僕は、汗ばんだ彼女の上に、しばらく、動けないまま、重なっていた。
美緒「……はぁ……っ♡ すごかった……」
透「……美緒」
美緒「ん……?」
透「好きだ。……たぶん、お前が東京に行く前から、ずっと」
美緒「もう……っ、それ、いちばん格好つかないとこで、言うの……っ」
美緒が、泣き笑いすると、僕は、汗で濡れたその頬に、何度も、キスを落とした。
10. 初雪の朝
気づくと、窓の外が、白んでいた。
戸の隙間から覗くと、谷じゅうが、うっすらと、雪化粧していた。ふじを穫りきった畑の、裸の枝にも、白い雪が、ふんわりと積もっている。
美緒は、僕の腕に頭を預けて、まだ少し火照った顔で、ストーブの、消えかけた残り火を、ぼんやり眺めていた。
美緒「……ねえ、透」
透「ん」
美緒「私、ほんとに、ここに残るよ。……お菓子屋さん、やる。傷もののりんごも、ぜんぶ、おいしいお菓子に変えて」
透「ああ。……うちのふじ、ぜんぶ、お前に使ってほしい。出荷できないやつも、ぜんぶ」
美緒が、ぱっと顔を上げて、僕を見た。
美緒「……いいの? あれ、けっこうな量、出るよ」
透「いいに決まってる。……捨てるはずだったりんごが、お前の手で、世界一うまいタルトになるんだ。畑、やってきた甲斐が、あるってもんだろ」
美緒の目に、また、涙が盛り上がった。今度は、笑いながらだった。
美緒「……透のりんごと、私のお菓子。……いいコンビ、だね」
透「ああ。……りんごと、それを焼くやつ。両方とも、俺が、いちばんそばで、守る」
美緒「っ……だから、そういうの、ずるいってば……」
美緒が、僕の胸を、ぽかっと叩いて、それから、その胸に、頬をすり寄せてきた。
開け放った戸口から、初雪の、凛とした冷たい空気が、流れ込んでくる。雪をかぶった、ふじの木。ストーブに焼けた、りんごの甘い匂い。十年前、東京へ行く彼女を駅で見送ったとき、僕には、どうしても言えなかった言葉。それが今、当たり前みたいに、この胸にある。
東京と、この谷。彼女は、どちらか一つを、選ばなきゃいけないと思って、すり減らしていた。でも、違った。世界一になる夢は、銀座じゃなくても、ここで、叶えればいい。傷ものだと捨てられかけた、この谷のりんごみたいに。
透「美緒。来年の、つがるの頃には。……一緒に、店の場所、探そうな」
美緒「……うん。約束」
雪明かりが、少しずつ強くなって、コンテナに積まれた、真っ赤なふじの上で、淡く光った。僕は、もう、この幼馴染の顔を見るのを、我慢しなかった。十年の回り道の先で、彼女はやっと、帰ってきた。そして僕は、ずっと隣にあった手を、ようやく、握り返したのだった。
― 終 ―