1. 越してきた町の、酒屋の灯り
僕、桐谷直樹、二十九歳。
都内の損害保険会社で、事故対応の窓口をやっている。
人の不運ばかりを、一日中、電話とパソコンの前で受け止める仕事だ。
春に担当エリアが変わって、通勤の都合で、川向こうの古い下町に引っ越してきた。
駅から少し離れた、細い路地の入り組んだ町。
新しいマンションと、戦後からありそうな木造の家とが、肩を寄せ合うように建っている。
そこでの暮らしは、正直、味気なかった。
毎日、終電近くまで残業して、コンビニの袋を提げて帰る。
シャワーを浴びて、缶ビールを一本だけ開けて、そのまま寝る。
桐谷直樹(……俺、なんのために、生きてるんだっけ)
そんなことを、ぼんやり考える夜が、増えていた。
立ち止まったのは、六月の半ば、蒸し暑い水曜の夜だった。
残業帰り、路地を抜けようとしたとき、暖簾の灯りが、目に入った。
紺地に、白く「立花酒店」と染め抜いてある。
古い、間口の狭い、酒屋。
その軒先から、誰かの笑い声と、氷の鳴る音が、こぼれていた。
桐谷直樹(……酒屋で、飲んでる?)
引き寄せられるように、僕は、その暖簾の前で足を止めた。
2. 角打ちの看板娘
暖簾をくぐると、そこは、半分が酒屋で、半分が、立ち飲みの店だった。
棚には、見たこともないラベルの一升瓶が、ずらりと並んでいる。
その手前に、L字のカウンターと、ビールケースを伏せただけの簡素な台。
近所の人らしい、年配の男たちが、二、三人、升を片手に、世間話をしていた。
桐谷直樹(これが……角打ち、ってやつか)
名前だけは、知っていた。
酒屋の店先で、買った酒をそのまま飲ませる、昔ながらの立ち飲み。
そういう文化があるとは聞いていたけれど、入るのは、初めてだった。
立花結衣「いらっしゃい! あ、初めての方ですよね」
カウンターの奥から、明るい声がした。
出てきたのは、若い女の人だった。
歳は、たぶん、僕より少し下。
藍染めの前掛けに、白いTシャツと、デニムのパンツ。
Tシャツの袖を、肘までまくっている。
ひとつに束ねた髪が、夜気の湿りで、首筋に少しほつれていた。
正直、面食らった。
角打ちの店主、というと、勝手に、無愛想な親父さんを想像していたから。
立花結衣「立ち飲み、大丈夫ですか? お代は先払いで、一杯ずつなんですけど」
桐谷直樹「あ……はい。えっと、何を頼めば」
立花結衣「ふふ。じゃあ、今日みたいな蒸す夜は、これかな」
彼女は、迷わず、冷蔵ケースから、一本の瓶を抜いた。
升に硝子のコップを置いて、なみなみと注ぐ。
表面張力で、升にまで、酒があふれていく。
立花結衣「うちの定番。地元の蔵の、夏のお酒です。よく冷えてますよ」
桐谷直樹「……いただきます」
升の縁から、こぼれた酒を、ひとくち、すする。
冷たくて、すっきりしていて、それでいて、奥に、ふっと米の甘みが残る。
仕事で乾ききった喉に、それは、しみるように、うまかった。
桐谷直樹「……うまい。すごく」
立花結衣「でしょ?」
彼女——立花結衣さん、と、前掛けの胸に小さく刺繍してあった——は、得意げに、にっと笑った。
その笑顔が、薄暗い店内で、妙に、まぶしかった。
3. 夜ごと、一杯のために
それから、僕は、ほとんど毎晩、その店に通うようになった。
残業で、どんなに遅くなっても。
立花酒店の暖簾は、だいたい、灯っていた。
立花結衣「あ、桐谷さん。今日もお疲れさま」
桐谷直樹「……ただいま、って感じです、もう」
立花結衣「ふふ。常連さんだ」
結衣さんは、もう、僕の顔も、好みも、覚えていた。
升酒を一杯。
それを、十五分ほどかけて、ゆっくり飲む。
それが、僕の、一日の終わりの、ささやかな儀式になった。
結衣さんは、酒の話を始めると、止まらなかった。
この酒は、どの蔵の、何月に搾ったものか。
冷やがいいか、ぬる燗がいいか。
どんな肴と合わせると、化けるのか。
立花結衣「これね、常温に戻すと、急に化けるんですよ。ね、ちょっと待ってて」
そう言って、目を輝かせて語る横顔を、僕は、いつのまにか、酒よりも、楽しみにしていた。
ある晩、隣で升を傾けていた、近所の惣菜屋のおかみさんが、僕に話しかけてきた。
田所さん「あんた、最近、毎晩来てるねえ」
田所さん、というそうだ。
向かいで小さな惣菜屋をやっていて、店じまいのあと、毎日ここで一杯やって帰るのだという。
田所さん「結衣ちゃんの酒は、うまいだろ。あの子、目利きがいいんだ。死んだ親父さんゆずりでね」
立花結衣「田所さん、もう。お客さんに、しんみりした話しないの」
田所さん「しんみりしてないよ。ほめてんだ」
田所さんは、しわの寄った目を細めて、僕のほうを見て、にやりとした。
田所さん「あんたも、酒だけが目当てじゃ、なさそうだしねえ」
桐谷直樹「えっ」
立花結衣「ちょっと、田所さん!」
結衣さんが、ぱっと頬を赤らめて、田所さんの肩を、ぽんと叩いた。
僕も、なんだか、耳が熱くなった。
図星だったからだ。
その頃にはもう、酒を飲みに来ているのか、結衣さんに会いに来ているのか、自分でも、よくわからなくなっていた。
4. 店じまいの後で
ある晩、僕が店に着いたとき、ちょうど、店じまいの時間だった。
田所さんも、ほかの常連も、もう帰ったあとで。
店には、結衣さんが、一人、升を洗っていた。
立花結衣「あ……ごめんなさい。もう、暖簾、下ろしちゃって」
桐谷直樹「あ、すみません。出直します」
立花結衣「……ううん。いいですよ。一杯だけなら。私も、ちょうど、飲みたかったとこ」
結衣さんは、いったん下ろした暖簾を、また半分、上げてくれた。
そして、自分の分の升にも、酒を注いだ。
二人で、誰もいない店で、向かい合って升を傾ける。
それは、いつもの賑やかな角打ちとは、まるで違う、静かな時間だった。
桐谷直樹「結衣さんは、ずっと、この店を一人で?」
ふと、聞いてみた。
結衣さんの手が、升を持ったまま、少し止まった。
立花結衣「……二年前まで、父がやってたんです。私は、お酒のメーカーで、営業やってて」
立花結衣「でも、父が、腰を悪くして。田舎に引っ込むって言い出して」
裸電球に近い、古い蛍光灯の下で、彼女は、ぽつりぽつりと話した。
子供の頃から、店の隅で、酒瓶のラベルを眺めるのが好きだったこと。
一度は店を出て、東京で会社勤めをしたこと。
でも、父が手放そうとしたこの小さな店を、たたむ気には、どうしてもなれなかったこと。
立花結衣「角打ち、ほんとは、父の代で一度やめてたんです。私が、勝手に復活させて」
立花結衣「儲かりはしないんですけどね。……でも、ここで誰かが、一日の終わりに、ほっと一杯やってく。その顔を見るのが、好きで」
桐谷直樹「……いい仕事ですよ、それ」
僕は、思わず、強く言った。
桐谷直樹「僕、毎日、人の不幸ばっかり聞く仕事してて。家に帰っても、誰もいなくて」
桐谷直樹「でも、この店に寄ると……一杯飲んで、結衣さんと喋ると。明日も、まあ、いいかって思えるんです」
言ってから、少し、照れた。
結衣さんは、升の縁から、僕を、じっと見て。
それから、ふっと、やわらかく笑った。
立花結衣「……そっか。なら、私の角打ち、ちゃんと、役に立ってるんだ」
蛍光灯の白い光の中の、その笑顔を見て。
僕は、もう、ごまかしようがないくらい、この人が好きだと、はっきり思った。
5. 夏祭りの準備
六月の終わりが近づくと、町の空気が、少しずつ、浮き立ってきた。
路地のあちこちに、提灯を吊るす竹竿が立ち、町内会の張り紙が増えていく。
来週末は、この町の、小さな夏祭りなのだという。
ある日曜の昼、僕が買い出しのついでに店をのぞくと、結衣さんが、汗だくで、ビールケースを運んでいた。
立花結衣「あ、桐谷さん! いいとこに」
桐谷直樹「どうしたんですか、これ」
立花結衣「お祭りの日、うち、店先で出店も出すんです。ビールとか、冷酒とか。……でも、一人じゃ、運びきれなくて」
僕は、上着を脱いで、腕をまくった。
桐谷直樹「手伝います。どこに運べば?」
立花結衣「えっ、いいんですか? 助かる……!」
二人で、何往復もして、重いケースを、店先の台に積み上げていく。
昼の日差しの下で、結衣さんの額に、汗が光っていた。
休憩に、彼女が、冷えたラムネを、二本、奢ってくれた。
店の軒下に並んで座って、ぱちん、と栓を開ける。
立花結衣「……桐谷さんがいてくれて、ほんと、助かった」
立花結衣「父が店にいた頃は、こういうの、全部、二人でやってたんですよね。だから、お祭りの準備、一人だと、ちょっと、寂しくて」
ラムネのビー玉を、からからと鳴らしながら、結衣さんが、ぽつりと言った。
桐谷直樹「……じゃあ、当日も、手伝いますよ。俺、出店、できますし」
立花結衣「ほんとに?」
桐谷直樹「はい。……結衣さんと、一緒に、祭り、やりたいんで」
言ってから、しまった、と思った。
口が、勝手に、本音を、こぼしていた。
結衣さんは、目を、丸くして。
それから、ラムネの瓶で、口元を隠すようにして、小さく笑った。
立花結衣「……うん。じゃあ、一緒に」
頬が、夏の日差しのせいだけじゃなく、赤かった。
6. 提灯の灯る宵
そして、夏祭りの夜が、来た。
日が暮れると、路地という路地に、提灯の灯がともった。
赤い光が、人々の顔を、やわらかく照らす。
太鼓の音と、子供のはしゃぐ声が、町じゅうに響いていた。
立花酒店の店先の出店は、大繁盛だった。
僕は、ひたすら、冷えたビールと冷酒を注ぎ、結衣さんが、お金を受け取り、釣りを返す。
立花結衣「はい、ありがとうございます! 桐谷さん、生ビールもう一つ!」
桐谷直樹「はいよ!」
息の合った、二人のやりとり。
まるで、昔から、ここで一緒に店をやってきたみたいだった。
田所さんも、惣菜の出店をたたんだあと、升酒を一杯やりに来た。
田所さん「いやあ、お似合いだねえ、二人とも」
立花結衣「もう、田所さんってば」
田所さん「結衣ちゃんの親父さんが見たら、なんて言うかねえ」
田所さんは、けらけら笑って、提灯の灯りの向こうへ、機嫌よく消えていった。
祭りの賑わいが、少しずつ、引いていく。
最後の客を送り出して、僕たちは、出店を、片付けはじめた。
提灯の灯りだけが、まだ、頭の上で、ゆらゆら揺れている。
立花結衣「……今日、ほんとに、ありがとう。桐谷さんがいなかったら、絶対、回らなかった」
升を片付けながら、結衣さんが、言った。
その横顔を、提灯の赤い光が、染めている。
浴衣じゃなく、いつもの前掛け姿。
でも、その日の結衣さんは、僕には、どんな浴衣姿よりも、きれいに見えた。
桐谷直樹「結衣さん」
立花結衣「ん?」
桐谷直樹「俺、毎晩ここに来てたの。……酒が目当てじゃ、ないんです」
太鼓の音が、遠くで、とん、と鳴った。
桐谷直樹「結衣さんに、会いたくて。あなたと話したくて、来てました。……あなたのことが、好きです」
提灯の灯りの下で、結衣さんの手が、升を持ったまま、止まった。
そして、ゆっくりと、顔を上げて、僕を、まっすぐ見た。
立花結衣「……知ってましたよ、そんなの」
桐谷直樹「えっ」
立花結衣「だって、桐谷さん。お酒、いつも一杯しか頼まないのに、二時間もいるんだもん」
立花結衣「酒屋なめないでください。お客さんが何を飲みに来てるかくらい、わかります」
そう言って、いたずらっぽく笑う。
その笑顔を見ていたら、もう、止まらなかった。
立花結衣「……私も。桐谷さんが暖簾くぐってくるの、毎晩、待ってた」
提灯の灯る宵闇の中で、僕たちは、どちらからともなく、手を重ねた。
升を持っていた彼女の指は、夜気に冷えていて、それでいて、しっとりと、汗ばんでいた。
7. 暖簾の奥へ
片付けを終える頃には、もう、祭りの音も、すっかり遠ざかっていた。
提灯の灯りを落とし、結衣さんが、店の暖簾を、するりと下ろす。
立花結衣「……桐谷さん」
桐谷直樹「はい」
立花結衣「うち、店の奥が、住まいなんです」
立花結衣「……いいお酒、開けようか。二人で」
声が、少し、震えていた。
僕は、頷いた。
カウンターの脇の、古い木戸を抜けると、こぢんまりとした、畳の部屋があった。
酒の本や、利き猪口が、棚に並んでいる。
でも、ちゃんと片付いていて、彼女らしい、清潔な部屋だった。
立花結衣「散らかってて、ごめんね」
桐谷直樹「いや。……結衣さんらしくて、いいです」
結衣さんが、棚の奥から、大事そうに、一本の四合瓶を取り出した。
立花結衣「これ、父が、いつか特別な日に開けなさいって、置いてったやつ」
立花結衣「……今日が、その日かな、って」
二つの利き猪口に、とろりとした酒を、注ぐ。
ひとくち含むと、それは、いままで飲んだどの酒より、深くて、まろやかだった。
桐谷直樹「……うまい」
立花結衣「……でしょ」
猪口を置いた結衣さんと、すぐ近くで、目が合った。
立花結衣「……桐谷、さん」
桐谷直樹「直樹で、いいです」
立花結衣「……直樹、さん」
僕は、彼女の頬に、そっと、手を添えた。
彼女の目が、ゆっくりと、閉じられる。
唇を、重ねた。
ちゅっ。
立花結衣「……ん」
柔らかくて、ほのかに、あの特別な酒の、甘い味がした。
一度離れて、見つめ合う。
結衣さんの頬が、提灯の灯りのときより、もっと赤い。
桐谷直樹「……もう一回、いい?」
立花結衣「……うん」
今度は、もっと、深く。
ちゅっ……ちゅるっ……
唇を重ねながら、彼女の細い腰に、腕を回す。
結衣さんの手が、おずおずと、僕のシャツの背を、きゅっと握った。
8. ほどけていく
部屋の灯りを、枕元の、小さな行灯だけにした。
橙色の、やわらかい光。
それは、いつも店先で見ていた、あの暖簾の灯りの色に、少しだけ似ていた。
僕は、結衣さんを、そっと、敷かれた布団に横たえた。
立花結衣「……あんまり、見ないで。私、こういうの、久しぶりで」
桐谷直樹「俺も、緊張してます」
立花結衣「……ふふ。なにそれ」
白いTシャツの裾に、手をかける。
ゆっくり、まくり上げると、淡い水色のブラジャーが現れた。
普段、藍染めの前掛けに隠れている体は、思っていたより、ずっと、女らしかった。
桐谷直樹「……きれいだ」
立花結衣「やだ……言わないでよ」
結衣さんが、両腕で、胸元を隠す。
その手を、僕は、そっとどけた。
背中に手を回して、ホックを外す。
かちり、と。
肩から紐が滑り落ちて、ふるん、と、白い胸がこぼれた。
立花結衣「……っ」
僕は、その柔らかさを、両手で、そっと包んだ。
むにゅ、と、指が沈んでいく。
立花結衣「ん……っ」
桐谷直樹「……柔らかい」
立花結衣「もう……いちいち、言わないの……っ」
口では強がるのに、結衣さんの息は、もう、少し上がっていた。
指の先で、つんと色づいた先端に触れると、体が、びくっと跳ねた。
立花結衣「ひゃっ……そこ……」
桐谷直樹「ここ、弱い?」
立花結衣「……っ、知らない……」
僕は、片方の先端を、口に含んだ。
ちゅっ……れろっ……
立花結衣「あっ……ん……っ」
升酒を注ぐときの、あの凛とした顔とは、まるで違う。
甘くて、頼りない声が、結衣さんの口から、ぽろぽろこぼれる。
そのギャップに、僕は、たまらなくなった。
舌で先端を転がしながら、もう片方の胸を、やわやわと揉む。
立花結衣「直樹さん……っ、それ……だめ……っ」
結衣さんの太ももが、もじもじと、すり合わさっている。
僕は、そっと、デニムのボタンに、手を伸ばした。
桐谷直樹「……脱がせて、いい?」
立花結衣「……うん」
デニムを下ろすと、水色の、下着だけになった。
その中心は、もう、しっとりと、湿りはじめていた。
9. 重なる夜
布越しに、そっと指でなぞると。
立花結衣「んっ……」
結衣さんの腰が、ぴくんと跳ねた。
桐谷直樹「……もう、濡れてる」
立花結衣「……言わないでって……っ。だって、直樹さんが……」
恥ずかしそうに、顔を背ける結衣さん。
僕は、最後の一枚を、ゆっくり、脱がせた。
露わになったそこは、行灯の橙の光に、しっとりと濡れて光っていた。
指で、優しく、敏感な突起を撫でる。
くちゅ、と、小さな水音がした。
立花結衣「あっ……♡」
桐谷直樹「気持ちいい?」
立花結衣「……っ、うん……っ♡」
円を描くように撫でながら、指を、ゆっくり、中へ滑らせた。
ずぷ、と。
立花結衣「んあっ……♡」
熱くて、きつい中が、僕の指を、きゅっと締めつける。
感じる場所を探って、指の腹で、ゆっくり擦る。
立花結衣「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡」
結衣さんが、シーツを、ぎゅっと握った。
普段、てきぱきと店を切り盛りする彼女が、僕の指一本に、こんなに乱れている。
それが、愛おしくて、たまらなかった。
立花結衣「直樹さん……っ♡ だめ……それ続けたら……っ♡」
桐谷直樹「いいよ。イって」
立花結衣「やっ♡ 見ないで……っ♡♡」
指の動きを速めると、結衣さんの体が、ぐっと反った。
立花結衣「あっ♡ あっ♡ ——っ♡♡♡」
びくびく、と腰が震えて、中が、きゅうっと締まる。
息を切らせる結衣さんの額に、汗で張りついた前髪を、僕は、そっとよけてやった。
立花結衣「……はぁ……っ。直樹さんも……」
結衣さんが、潤んだ目で、僕を見上げた。
立花結衣「私だけ、ずるい……。直樹さんも、ちゃんと、来て」
僕は、避妊具をつけて、結衣さんの脚の間に、体を進めた。
熱く張りつめたものを、濡れた入り口に、あてがう。
桐谷直樹「……いくよ」
立花結衣「……うん。来て」
ゆっくり、腰を進めた。
ずぷ……っ♡
立花結衣「んっ……あぁ……っ♡♡」
先端が入った瞬間、結衣さんが、僕の背中に、しがみついた。
きつい。でも、とろとろに濡れているから、彼女の中は、僕を、奥まで、すんなりと受け入れていく。
ずず……っ
立花結衣「あ……っ♡ 奥まで……来てる……っ♡」
桐谷直樹「……結衣さんの中、すごく熱い」
根元まで収まって、僕は、一度、深く息を吐いた。
繋がった場所から、夜ごと升を交わした日々の距離が、じんわりと、埋まっていく。
ゆっくり、動きはじめた。
ずちゅ……ぱちゅ……
立花結衣「あっ♡ ん……っ♡」
最初は、彼女を気遣う、優しい律動。
桐谷直樹「結衣さん、気持ちいい?」
立花結衣「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
桐谷直樹「俺も。……ずっと、こうしてたい」
結衣さんが、僕の首に腕を回して、自分から、唇を求めてきた。
キスをしながら、奥を突くたびに、彼女の体が、跳ねる。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
立花結衣「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
桐谷直樹「ここ、好き?」
立花結衣「っ♡♡ 好き……っ♡ 直樹さんの、好き……っ♡♡」
それが、体のことなのか、僕自身のことなのか、たぶん、どっちもだった。
布団が、小さく軋む。
行灯の橙の光の中、二人の息と、肌のぶつかる音が、満ちていく。
立花結衣「直樹さん……っ♡ もう……っ♡」
桐谷直樹「俺も……っ。一緒に」
立花結衣「うん……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
僕は、結衣さんを、ぎゅっと抱きしめて、最後の律動を速めた。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
立花結衣「あっ♡ あっ♡ イクっ……♡ 直樹さん、一緒に……っ♡♡」
桐谷直樹「……っ、結衣さんっ」
ぱちゅんっ——♡♡♡
立花結衣「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥で、僕が震えるのを、結衣さんの体が、ぎゅうっと締めつけながら、受け止める。
二人で、同じ波に、さらわれた。
汗ばんだ体が、ぴったり重なったまま、しばらく、動けなかった。
立花結衣「……はぁ……っ。すごかった……」
桐谷直樹「……結衣さん」
立花結衣「ん……?」
桐谷直樹「俺、明日から、一杯だけじゃなくて、二杯、頼んでいいですか」
結衣さんが、ぷっと吹き出して、僕の胸を、ぽかっと叩いた。
立花結衣「当たり前でしょ。……ていうか、もう、お代はいいから。奥で、一緒に飲も」
そう言って、僕の胸に、頬を、すり寄せた。
10. 朝、暖簾を出す
翌朝。
障子の外が、白みはじめた頃、僕は、目を覚ました。
腕の中で、結衣さんが、すうすうと、寝息を立てている。
酒の匂いも、汗の匂いも、全部、愛おしかった。
しばらくして、結衣さんが、ん、と身じろぎして、目を開けた。
立花結衣「……おはよ」
桐谷直樹「おはよう」
立花結衣「……あ。私、店、開けなきゃ」
寝ぼけ眼で、慌てて起き上がろうとする結衣さんを、僕は、笑って引き止めた。
桐谷直樹「まだ早いよ。……手伝う。暖簾、出すの」
二人で、店に出て、木戸を開ける。
朝の空気が、ひんやりと、気持ちいい。
ずらりと並んだ一升瓶が、朝の光に、きらきらと輝いていた。
結衣さんが、紺の暖簾を、軒先に、するりと掛ける。
立花結衣「……ねえ、直樹さん」
桐谷直樹「ん?」
結衣さんが、店の中を見回して、ふっと笑った。
立花結衣「角打ち、勝手に復活させたとき。一人で、やっていけるのかなって、ずっと不安だったの」
立花結衣「でも……今、ちょっとだけ、心強い」
朝の光の中で、彼女が、まっすぐ僕を見た。
僕は、その手を、ぎゅっと握った。
桐谷直樹「毎晩でも、来ますよ。……もう、客としてじゃなくて」
立花結衣「……うん」
結衣さんが、照れたように、それでも、嬉しそうに、笑った。
ちょうどそのとき。
田所さん「おーい、結衣ちゃん。朝から、なに、いちゃついてんだい」
路地の向こうから、惣菜の入った籠を提げて、田所さんが、にやにやしながら歩いてきた。
立花結衣「た、田所さん! 朝から、なんなの!」
田所さん「やーい、やっと、くっついたか。親父さんも、田舎で、喜んでるよ」
けらけら笑う田所さんに、結衣さんは、顔を真っ赤にして、でも、嬉しそうだった。
残業に磨り減って、ただ一杯の酒を求めて、僕は、この、小さな酒屋の暖簾をくぐった。
そうして、升酒の向こうで明るく笑う、まっすぐで、お酒が好きでたまらない人と、恋人になった。
桐谷直樹「今日、仕事終わったら、また来ます」
立花結衣「うん。……いちばん冷えたの、開けて、待ってる」
朝の光の中、立花酒店の暖簾が、夏の風に、ゆらり、と揺れた。
僕は、その灯りに見送られて、軽くなった足取りで、職場へと歩き出した。
― 終 ―