俺、瀬川航、二十八歳。東京で精密機器メーカーの営業をやっている。
十年ぶりに地元へ帰ってきたのは、祖母の四十九日のためだった。
瀬戸内の、小さな港町。
高校を出てすぐ上京して、それきりだった。盆も正月も、仕事を言い訳に帰らなかった。実家とは折り合いが悪かったわけじゃない。ただ、戻ると時間が止まったみたいで、東京で必死に走っている自分が急に薄っぺらく感じるのが、怖かっただけだ。
法要は午前で終わった。親戚はみんな車で帰っていく。俺は午後の特急まで時間が余って、ひとり、駅前の商店街をぶらついていた。
シャッターの下りた店が増えていた。俺が子供の頃は、夕方になると人で溢れていた通りだ。今は半分が空き店舗で、残り半分も、看板の色が褪せている。
そのとき、ぽつ、と頬に水滴が落ちた。
六月の空は、さっきまで薄曇りだったのに、あっという間に黒い雲に覆われていた。瀬戸内特有の、降り出したら一気にくる雨。傘なんて持っていない。
(まずいな……)
慌てて軒先を探した。すぐ目の前に、見覚えのある木の扉があった。
純喫茶『こもれび』。
ステンドグラス風のガラスがはまった、昭和の匂いがする店。──ああ、ここ、まだあったのか。
子供の頃、親に連れられてよく来た。クリームソーダの緑色が、世界で一番きれいだと思っていた、あの店だ。
雨脚が強くなる。俺は迷わず、その扉を押した。
からん、ころん。
頭の上で、古いドアベルが鳴った。
店の中は、記憶のままだった。
赤いビロードのソファ席。磨き込まれた飴色のカウンター。天井でゆっくり回るシーリングファン。豆を挽く、香ばしい匂い。
雨の音が、急に遠くなる。
「いらっしゃいませ。……お好きな席へどうぞ」
カウンターの奥から、女性の声がした。
何気なく顔を上げて──俺は、固まった。
エプロンを着けて、布巾でグラスを拭いているその人を、俺は知っていた。
肩で切り揃えた黒髪。少し垂れ気味の、よく笑う目。子供の頃から変わらない、左の頬の小さなえくぼ。
「……美波?」
布巾を持つ手が、止まった。
篠原美波。俺の、幼馴染だ。
家が三軒隣で、保育園から中学まで、いつも一緒だった。一緒に秘密基地を作って、一緒に堤防で釣りをして、一緒に怒られた。高校で学校が分かれて、俺が上京して──それきり、会っていなかった。
「……えっ。うそ。……航? 瀬川、航?」
「……だよな。美波だよな。何で、ここに」
「何でって、こっちのセリフ。あんた、東京行ったきり一回も帰ってこなかったじゃない」
美波が、ぱっと笑った。
その笑顔が、十年前と何ひとつ変わっていなくて、俺は不覚にも、胸の奥がぎゅっとなった。
「とりあえず座りなよ。びしょ濡れじゃん」
促されて、カウンター席に腰を下ろす。差し出されたおしぼりが、あたたかかった。
「この店、美波がやってるのか?」
「うん。三年前から。お父さんが腰やっちゃって、もう立ち仕事きついからって。……私も、ちょうど東京の会社、辞めたとこだったし」
「東京、いたのか」
「いたよ。五年くらい。アパレルの本社で、めちゃくちゃ働いた。……でも、なんか違うなって思っちゃって」
カウンターの中で、美波が手際よくサイフォンに火を入れる。ぽこぽこと、お湯が上がっていく。
「航は? 東京で、何やってんの」
「メーカーの営業。……まあ、ずっと数字に追われてる」
「ふうん。スーツ似合うようになったね。昔は鼻垂らしてたのに」
「垂らしてねえよ」
「垂らしてたって。基地作ってる時、いっつも」
くすくす笑いながら、美波がカップを差し出した。
「はい。ブレンド。……おばあちゃんの、四十九日だったんでしょ。お疲れさま」
「……なんで知ってんの」
「狭い町だよ。瀬川さんちのこと、みんな知ってる。……お線香、あげに行けなくてごめんね」
その言葉が、するりと胸に入ってきた。
東京では、誰も俺の祖母のことなんて知らない。当たり前だ。でもこの町では、向かいの店の人も、商店街のおばちゃんも、みんなが知っている。
一口飲んだコーヒーは、深くて、少し苦くて、不思議と、泣きそうになる味だった。
外の雨は、やむ気配がなかった。
「……特急、何時だっけな」
「あ、今日帰っちゃうの?」
スマホを見て、思わず手が止まった。商店街でぼんやりしている間に、乗る予定だった特急は、もう出てしまっていた。
「……乗り逃した」
「えー、ばか」
「次は……うわ、二時間後か」
「じゃあ、いいじゃん。ゆっくりしてきなよ。どうせこの雨だし」
美波が、カウンターに頬杖をついて、こっちを見た。
「ねえ、航。覚えてる? 堤防のとこの、赤い灯台」
「覚えてるよ。お前が落ちそうになって、俺が引っ張ったやつ」
「逆でしょ! あんたが落ちそうになったの、私が助けたの!」
「記憶、改ざんすんなよ」
二人で笑った。
二時間が、あっという間に溶けていく。雨で客は来ない。貸し切りみたいな店の中で、俺たちは十年分の話をした。
途中で電話が鳴って、出ると、実家の母だった。雨がひどいから今夜は泊まっていけ、と。明日の朝でいいだろう、と。
「……どうやら、今夜も町にいることになった」
「ほんと?」
美波の声が、少しだけ弾んだのを、俺は聞き逃さなかった。
「……ねえ。今日、もう店閉めちゃおっかな」
時計は午後六時を回っていた。窓の外はもう薄暗い。雨はやっと小降りになっていた。
「いいのか、勝手に閉めて」
「いいの。私が店長だもん。それに──こんな日に、十年ぶりの幼馴染が来たんだよ。神様が、今日はもう働くなって言ってる」
ふふ、と笑って、美波が『CLOSED』の札を裏返しに行く。
「夕飯、まだでしょ。私、なんか作るよ。賄いみたいなのだけど」
「悪いよ」
「いいから座ってな。……久しぶりに、誰かに作りたい気分なの」
その横顔が、ほんの少し、寂しそうに見えた。
カウンターの中で、美波がフライパンを振る。手際がいい。ナポリタンの、ケチャップの甘い匂いが立ちのぼる。
「はい、お待たせ。喫茶店ナポリタン。航、昔これ好きだったでしょ」
「……よく覚えてんな、そんなこと」
「覚えてるよ。航のことなら、わりと、なんでも」
さらっと言って、美波は自分の分を持って、俺の隣に座った。
肩が、触れそうな距離。シャンプーの、ほのかに甘い匂いがした。子供の頃には、絶対に意識しなかった距離だ。
(……近いな)
意識した途端、心臓が勝手にうるさくなった。
食べ終わる頃には、雨はすっかりやんでいた。
「ちょっと、外、出てみる? 雨上がりの港、きれいだよ」
店の裏口を抜けると、すぐそこが堤防だった。
濡れたアスファルトが、街灯をてらてらと反射している。潮の匂い。遠くで、漁船の灯りが揺れていた。空には、雲の切れ間から、滲んだ月が出ていた。
「ね、変わってないでしょ。ここだけは」
「……変わってないな。ほんとに」
並んで、堤防に腰を下ろす。子供の頃、何百回も座った場所だ。あの頃より、二人とも、ずいぶん大きくなった。
「私さ、東京にいた時、しんどくなると、よくこの景色思い出してた」
「……」
「満員電車に揺られてる時とか。終電で帰る時とか。あー、帰りたいなあ、あの堤防、って」
美波が、膝を抱えて、海を見ている。
「で、ほんとに帰ってきちゃった。お父さんの店、継いで。……たまに思うんだ。これでよかったのかなって。東京で頑張ってる同期見ると、自分だけ取り残された気がして」
その言葉は、そっくりそのまま、俺の胸の奥にある不安と同じ形をしていた。
「……俺は逆だよ」
「逆?」
「東京で走り続けてて。……でも、何のために走ってんのか、わかんなくなる時がある。今日、この町に帰ってきて、お前のコーヒー飲んで──ああ、俺、ずっと張り詰めてたんだなって、初めて気づいた」
美波が、ゆっくりこっちを向いた。
「……航でも、そんなふうに思うんだ」
「思うよ。いつも」
街灯の光が、美波の横顔を照らしている。
子供の頃、隣にいるのが当たり前すぎて、ちゃんと見たことがなかった。でも今、こうして見ると──美波は、信じられないくらい、きれいだった。
「……ねえ、航」
「ん」
「私ね、航が東京行く時、ほんとは……すっごく寂しかったんだよ」
潮風が、美波の髪を揺らした。
「言えなかったけど。幼馴染が、急に遠くに行っちゃうみたいで。……ううん、違うな。幼馴染、じゃなくて」
美波が、言葉を探すように、海を見た。
「私、たぶん、あの頃から……航のこと、好きだったんだと思う」
心臓が、どくんと跳ねた。
「……」
「あ、ごめん。十年も経って、今さらこんなこと言われても、困るよね。忘れて」
慌てて取り消そうとする美波の手を、俺は、とっさに掴んでいた。
小さくて、あたたかい手。子供の頃、何度も繋いだはずの手。でも今は、まったく違う意味で、その温度が伝わってくる。
「忘れない」
「……え」
「忘れるわけ、ないだろ。……俺も、たぶん、同じだ」
美波の目が、大きく見開かれる。
「言わなかったのは、幼馴染だからって、ずっと自分に言い聞かせてたから。東京行けば忘れられると思った。……でも、今日お前の顔見て、全部思い出した」
「航……」
「十年かかったけど。──今、はっきりわかった。俺、美波が好きだ」
雨上がりの、静かな港。
美波の目に、みるみる涙が盛り上がって、ぽろっとこぼれた。
「……ばか。なんで今なのよ。十年も、何してたのよ」
「ごめん。遠回りした」
頬を伝う涙を、指で拭う。美波は逃げなかった。
ゆっくり顔を寄せると、美波が、そっと目を閉じた。
唇が、触れた。
潮の味がする、やわらかいキス。子供の頃から隣にいた距離が、たった今、ぜんぶ違うものに変わった瞬間だった。
「……店、戻ろ」
唇を離すと、美波が、潤んだ目で、小さくそう言った。
「二階、私の部屋なの。……来て、ほしい」
俺は黙って頷いた。
裏口から、二階へ上がる急な階段。美波が俺の手を引く。その手が、少しだけ震えていた。
美波の部屋は、こぢんまりとして、彼女らしかった。窓辺に小さな観葉植物。本棚にコーヒーの本がぎっしり。間接照明の、あたたかい光。
ドアが閉まると、俺は美波を、そっと抱き寄せた。
「……あっ」
もう一度、唇を重ねる。今度は、さっきより深く。
舌先で唇をなぞると、美波の口が、おずおずと開いた。
「ん……っ♡」
絡まる舌。子供の頃いつも一緒にいた幼馴染が、今、俺の腕の中で、甘い声を漏らしている。その事実だけで、頭がくらくらした。
「美波……好きだ」
「……私も。ずっと、ずっと好きだった……♡」
ちゅ、ちゅるっ、と何度も唇を交わしながら、ベッドの縁にゆっくり座らせる。間接照明に照らされた美波は、いつもの明るさが消えて、無防備で、ぞくっとするほど色っぽかった。
「美波、きれいだ」
「……からかわないで♡」
「本気だよ。さっき、堤防で見た時から、ずっと思ってた」
「……もう♡」
ブラウスのボタンに、手をかける。
一つ、二つと外していくと、白い肌と、淡いブルーの下着が覗いた。
「あんまり……見ないで。恥ずかしい♡」
「無理だ。きれいすぎて」
ブラウスを肩から滑らせると、美波の身体が露わになった。細い首筋、なめらかな鎖骨、くびれた腰。エプロンの下に隠れていた身体は、思っていたよりずっと、女性らしかった。
背中に手を回して、ブラのホックを外す。ぷつん。
形のいい胸が、ふるんとこぼれ落ちた。先端が、もう、つんと尖っている。
「やっ……見つめないで♡」
「きれいだから、無理」
そっと両手で、胸を包み込んだ。ふにっ、とやわらかい弾力が、手のひらに沈む。
「んっ……♡」
ゆっくり揉みながら、先端を指でつまんだ。こりっ、こりこりっ。
「ひゃっ♡♡ そこ……っ♡」
びくん、と美波の身体が跳ねる。片方の先端を指で転がしながら、もう片方に口を寄せた。ちゅっ、れろ、ちゅぱっ。
「んあっ♡♡ だめ……っ♡ 声、出ちゃう……♡」
美波が、手の甲で口を押さえる。いつも凛として店に立っている人の、初めて見る顔だった。
「声、我慢しなくていい。今日は、二人きりだろ」
「……っ、ばか♡」
左右の胸を交互に味わいながら、空いた手を、スカートの中へと滑らせていく。
内ももに触れると、もう、しっとりと湿っていた。
「美波、もう……」
「言わないで……っ♡ 恥ずかしいんだから……♡」
ストッキングと下着を、ゆっくり脱がせる。膝をそっと開かせると、薄い茂みの奥で、花弁が蜜に濡れて光っていた。
「あんまり、見ないで♡」
「きれいだよ、すごく」
花弁に、そっと指を這わせる。くちゅ。
「ひあっ♡♡」
すじに沿って、上下になぞる。蜜が、とろとろと溢れてくる。くちゅ、くちゅ。
「あっ♡ んっ♡ そこ……っ♡♡」
小さな突起を探り当てて、指先でくるくると転がした。くりっ、くりくりっ。
「んんっ♡♡♡ それ、だめ……っ♡♡」
腰が、びくびくと跳ねる。クリを刺激しながら、中指を、ゆっくり沈めていく。ずぷっ。
「んああっ♡♡♡」
中は、熱くて、ぬるぬるで、きゅうっと指を締め付けてきた。ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ。
「あっ♡ 指っ♡ 入ってる……っ♡♡」
指を曲げて、上の壁の、ざらついた場所をこする。ぐりぐりっ。
「ひぃっ♡♡♡ そこっ♡♡ すごい……っ♡♡♡」
Gスポットをこすりながら、親指で、同時にクリを弄った。
「あっ♡♡ 両方は……っ♡♡♡ おかしくなっちゃう……っ♡♡」
美波の身体が、がくがくと震え始める。お腹が、ぴくぴくと痙攣した。
「いくっ♡♡♡ 航っ♡♡♡ いっちゃう……っ♡♡♡♡」
びくんっ♡♡♡
きゅうぅぅっと指を締め付けて、蜜がじゅわっと溢れた。美波が、力を抜いて、ベッドに沈み込む。
「はぁ……♡ はぁ……っ♡♡」
「気持ちよかった?」
「……うん♡ すごかった……♡」
息を整えた美波が、ゆっくり身体を起こす。そして、潤んだ瞳で、俺を見上げた。
「航も……気持ちよくして♡」
細い指が、俺のベルトに伸びる。ズボンを下ろすと、限界まで張り詰めたものが、勢いよく飛び出した。
「わっ……♡♡ 大きい……♡」
根元を、そっと握られる。きゅっ。
「すごく、硬い……♡」
「美波がエロすぎるから」
「もう……♡」
ゆっくり、上下に手を動かす。しゅっ、しゅっ。それから、美波が顔を近づけて、先端にちゅっとキスを落とした。
「……ぴくって動いた♡」
舌を出して、ぺろぺろと舐め始める。れろ、ちゅるっ。カリの部分を重点的に、裏筋を下から上へ。
「……っ、やばい。気持ちいい」
口を大きく開けて、ぱくっと咥え込んだ。ずぷっ、ちゅぱっ、じゅるっ。
「んっ♡ んむっ♡ んぷっ……♡」
頭を、ゆっくり上下に動かす。いつもカウンターでコーヒーを淹れている幼馴染が、俺のものを夢中で咥えている。その光景だけで、頭が焼き切れそうだった。
「美波、待って。このままだと、出ちゃう」
ちゅぽっ、と口を離した美波が、唾液の糸を引いて、上目遣いで俺を見上げた。
「……航が、欲しい♡」
「俺もだ」
美波を、ベッドに横たえる。脚の間に、身を置いた。先端が、入り口に、ぬるりと触れる。たっぷりの蜜で、もう、ぬるぬるだった。
「ゴム……」
「……今日は、大丈夫な日だから♡ このまま、来て♡」
(こんなに誰かを欲しいと思うの、初めてだ……♡)
ゆっくり、腰を進めた。ずぷっ。
「ぁあああっ♡♡♡♡」
熱い。きゅうぅっと、美波の中が、締め付けてくる。
「美波の中、すごい……」
「おっきい……♡♡ 奥まで、来てる……っ♡♡♡」
ずず、ずずずっ。最奥まで、ゆっくり押し込んでいく。
「んんっ♡♡♡ いっぱい……♡♡ 届いてる……っ♡♡」
隙間なく、彼女に包まれた。しばらくそのまま、二人で呼吸を整える。額を合わせると、美波が、ふにゃっと笑った。
「……航と、こんなことになるなんて♡」
「俺もだよ。……動くぞ」
「うん……♡ ゆっくり……♡」
ずちゅっ♡ ずちゅっ♡♡
「あっ♡♡ あっ♡♡ んっ♡♡♡」
ぱんっ♡ ぱんっ♡ ぱんぱんっ♡♡ リズムを作って、腰を打ちつける。
「航っ♡♡ 気持ちいいっ……♡♡♡」
「美波の中も、めちゃくちゃ気持ちいい」
ぱんぱんぱんっ♡♡♡ だんだん、速くなっていく。ぐちゅっ♡ ぬちゅっ♡ ぱんっ♡♡
「あんっ♡♡ 奥っ♡♡ 奥に当たるっ……♡♡♡」
いつも明るく店を切り盛りしている美波が、俺の下で、どんどん乱れていく。眉を寄せて、口を半開きにして、俺の背中にしがみついてくる。
「やだっ……♡♡ 私、こんな……っ♡♡♡」
「可愛いよ、美波」
「言わないでっ♡♡♡ 恥ずかしいのに、止まんないっ……♡♡♡♡」
美波の脚が、俺の腰に巻きついた。もっと奥へ、と求めるように。
「もっとっ♡♡ もっと、強くしてっ……♡♡♡」
ぱんっぱんっぱんっぱんっ♡♡♡♡ ベッドが、ぎしぎしと軋む。静かな二階の部屋に、波の音と、肌のぶつかる音と、美波の甘い声が満ちていく。
「航っ♡♡♡ 好きっ♡♡♡ 大好きっ……♡♡♡♡」
「俺も好きだ、美波……!」
ぎゅっと抱きしめ合いながら、腰を動かし続ける。
「またっ、来ちゃうっ……♡♡♡ 一緒にっ♡♡♡ 一緒にいきたいっ……♡♡♡♡」
「俺も……っ、美波、中に出していいか」
「出してっ♡♡♡♡ 中にっ♡♡♡♡ 全部、ちょうだいっ……♡♡♡♡♡」
ずんっずんっずんっ♡♡♡
「イクッ♡♡♡♡♡」
「出る……っ!」
ぎゅうっと抱きしめて、一番奥まで突き入れた。
びゅるっ♡♡ びゅるるっ♡♡♡ どくどくっ♡♡♡♡
「んんんっ♡♡♡♡♡♡」
美波の最奥に、熱いものが、どくどくと注ぎ込まれる。彼女の身体が、びくびくと痙攣して、きゅうぅぅっと締め付けてきた。
「はぁ……♡♡ あったかい……♡♡♡」
虚ろな目で、美波が、幸せそうに微笑む。俺はそっと、その唇にキスを落とした。ちゅっ。
「美波、最高だった」
「……私も♡♡ すごく、よかった……♡♡♡」
繋がったまま、しばらくキスを交わす。
汗ばんだ肌が触れ合って、心臓の鼓動が、伝わってくる。美波が、俺の胸に、こてんと頬を寄せた。
「……ねえ、航」
「ん」
「明日、ほんとに東京、帰っちゃうの?」
その声が、少しだけ、心細そうだった。
「……帰るよ。仕事あるし」
「……だよね」
「でも」
俺は、美波の髪を撫でながら、言った。
「来月も、再来月も、帰ってくる。盆も、正月も。……お前に会いに」
美波が、顔を上げた。
「十年も帰らなかった町に、こんなに帰りたいと思うとは思わなかった。……お前がいるからだ」
「航……」
「遠距離になるけど。それでも、付き合ってほしい。──ちゃんと、恋人として」
美波の目に、また涙が盛り上がる。でも今度は、さっきとは違う、嬉しそうな涙だった。
「……うん。うん♡ よろしく、お願いします♡」
ぎゅっと抱きついてくる美波を、俺も、強く抱きしめ返した。
窓の外では、雨上がりの月が、港をやさしく照らしていた。
翌朝。
目が覚めると、隣で、美波がすやすやと眠っていた。
カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。階下から、かすかにコーヒーの匂いが──いや、これは夢だな。まだ店は開いていない。
俺がそっと身体を起こすと、美波の目が、うっすらと開いた。寝ぼけた目が、俺を見つけて、ふにゃっと笑う。
「……おはよ、航」
「おはよ、美波」
「……夢じゃ、なかったんだ♡」
「夢じゃないよ」
ぎゅっとしがみついてくる美波を、抱きしめる。
「ね、航。帰る前に、もう一杯だけ、コーヒー淹れさせて。私の、いっちばん美味しいやつ」
「……ああ。頼む」
店を開ける準備の、静かな朝。
カウンターの中で、美波がサイフォンに火を入れる。ぽこぽこと、お湯が上がっていく。慣れた手つき。横顔が、生き生きしている。
昨日と同じ、飴色のカウンター。昨日と同じ、香ばしい匂い。でも、昨日とは、何もかもが違って見えた。
「はい。瀬川航さん、特製ブレンド」
差し出されたカップを、一口飲む。──やっぱり、泣きそうになる味だった。でも昨日とは違う。今日のは、まっすぐに、あたたかい。
「……うまい。世界一だ」
「ふふ。大げさ」
「本気だよ」
そのとき、からん、ころん、とドアベルが鳴った。
入ってきたのは、商店街でよく顔を合わせた、同級生の田口だった。今は、隣の酒屋を継いでいるらしい。
「お、美波ちゃん、おはよ。……って、瀬川じゃねえか! 帰ってきてたのか!」
「おう、久しぶり。田口」
「うわ、懐かしい。……ん? なんだお前ら、朝っぱらから、やけにいい雰囲気だな?」
美波の顔が、ぼっと赤くなる。
「あー、わかったぞ。美波ちゃん、ずーっと『航が帰ってきたら』って言ってたもんなあ。中学の時から、お前のことばっか」
「ちょっ、田口くん! 余計なこと言わないでっ」
「……中学の時から?」
「知らなかったのかよ。鈍いなあ、お前。町中が知ってたぞ」
くつくつ笑う田口に、美波が、真っ赤になって俯いた。
「……そっか。じゃあ、十年も待たせたってことか」
「……っ、もう♡ 航のばか♡」
カウンター越しに、美波の手を握る。田口が、「お、おお……ごちそうさまです」と、わざとらしく目をそらした。
その日の昼過ぎ、俺は特急に乗って、東京へ戻った。
でも、もう、あの頃みたいに、町を振り返らないようにして去ることはなかった。
ホームで見送る美波が、ずっと手を振っていた。エプロン姿のまま、改札のところまで走ってきて、息を切らして、笑っていた。
「航っ! 次、いつ帰ってくる?」
「来月! 絶対帰る!」
「待ってるからっ! コーヒー、淹れて待ってるからっ!」
電車が動き出す。窓の外で、小さくなっていく美波に、俺も手を振り返した。
東京に戻ってからの俺は、少しだけ変わった。
仕事の合間に、地元に帰る理由ができた。金曜の夜の新幹線が、急に待ち遠しくなった。休みのたびに、瀬戸内の港町へ通った。美波の店の、いつものカウンター席が、俺の特等席になった。
「いらっしゃいませ。……おかえり、航」
帰るたびに、美波がそう言って、太陽みたいに笑う。
十年も会わなかった幼馴染。すれ違ったまま終わるはずだった距離は、梅雨の雨上がりの港町で、ちゃんと一つに繋がった。
子供の頃いつも隣にいた女の子は、世界で一番あたたかいコーヒーを淹れる、俺の恋人になった。
― 終 ―