残業帰りの深夜コンビニの美人店員と夜勤明けの朝ごはんに行った話

2026.06.12NEW

31分で読了

俺、君島陽介、27歳。

都内の広告代理店で働いている。

職業を一言で説明すると「終電を見送る仕事」だ。

毎晩、提案資料を直して、修正を入れて、クライアントの一声でひっくり返って、また直す。

気づけば日付が変わる手前。

会社を出て、電車に揺られて、最寄り駅から歩いて十分。

家の手前にある一軒のコンビニ。

そこに寄るのが、俺の一日でたった一つの息抜きだった。

時刻は決まって、23時半。

自動ドアが開いて、ぴんぽーん、と間延びした入店音が鳴る。

冷えた弁当のケースの白い光。雑誌の棚。レジ横のホットスナック。

そして——カウンターの向こう。

「いらっしゃいませ。あ、君島さん。お疲れ様です♡」

ふわっと笑うその子。

水原琉花(みずはら るか)ちゃん、24歳。

この店の夜勤バイトの店員だ。

明るい栗色のショートボブ。前髪の下から覗く大きな目。

笑うと右の頬にだけえくぼができる。

制服の上から羽織った緑のエプロン。胸元に「水原」の名札。

接客のときは、ぴしっとした明るい敬語。

声がよく通って、店内のBGMより耳に残る。

「……どうも。お疲れ様です」

「今日も遅いですね。お仕事頑張ってますね♡」

「いや、頑張ってるっていうか、終わらないだけで」

「ふふ、それ、頑張ってるって言うんですよ」

くすっと笑って、琉花ちゃんが俺のカゴを受け取る。

カゴの中身はいつも同じ。

おにぎり二個、缶のハイボール一本、明日の朝用のサンドイッチ。

色気のない、独身の深夜飯セット。

(この「お疲れ様です」の一言で、一日の疲れが半分くらい溶けるんだよな)

我ながら単純だと思う。

でも本当に、そうだった。

会議で詰められて、上司に小言を言われて、ぼろぼろになって帰ってくる。

そんな夜でも、このレジの前に立って「お疲れ様です」と言われると、

ああ、今日も一日終わったな、と思えた。

「七百四十円になりまーす」

「……えっと、カードで」

「はーい。ピッとお願いします♡」

電子マネーをかざす、たったそれだけの動作なのに。

琉花ちゃんの「ピッとお願いします」が、なぜか毎晩ちょっと楽しみだった。

レシートを受け取って、袋を提げて、店を出る。

ぴんぽーん。

夜風が頬に当たる。

(……はー。明日も仕事か)

それでも、足取りはほんの少し軽くなっている。

そんな日々が、二週間くらい続いた頃だった。

ある夜、いつものようにレシートを受け取って——ふと、裏に何か書いてあるのに気づいた。

家に帰って、上着を脱ぎながら、何気なくレシートを裏返す。

丸っこい、可愛い字で。

『新作のプリン、めっちゃ美味しいので明日ぜひ。— 水原』

語尾に小さなハートマーク。

「……は?」

思わず声が出た。

俺、ハイボールしか頼んでないのに、プリンのおすすめが書いてある。

しかも「明日ぜひ」って。

(……これ、もう一回来いってことか?)

いや、考えすぎだ。

ただの店員の親切。新作のノルマでもあるのかもしれない。

そう思いながら——翌日の23時半、俺はそのプリンをカゴに入れていた。

「あっ。君島さん、買ってくれたんですか?♡」

「……レシートに書いてあったから」

「気づいてくれたんだ! 嬉しい♡ それ、ほんとに美味しいんですよ。カラメルが苦めで」

「店員がそんなにおすすめするの、珍しいな」

「だって、君島さん毎晩おにぎりとお酒ばっかりだから。たまには甘いもの食べてほしくて」

にこっと笑う琉花ちゃん。

そのえくぼに、心臓がどくんと跳ねた。

(見られてた。俺のカゴの中身、ちゃんと見られてた)

それから、レシートの裏のメモは習慣になった。

『あのチョコの新作、隠れた当たりです』

『今日のからあげクン、揚げたて時間ぴったりでした。ラッキー』

『おにぎりばっかりだと栄養偏りますよ。サラダチキンも一緒にどうぞ。— 水原』

毎晩、違うおすすめ。

俺はそれを集めるみたいに、レシートを財布に挟んで持ち帰った。

仕事中、ふとした瞬間にそのメモを思い出して、ちょっと笑ってしまう自分がいた。

(……完全に、生活の真ん中にあのコンビニが来てるな)

四月の終わり。

その夜は、本当にひどい一日だった。

大型案件のコンペで負けて、一ヶ月の徹夜が全部水の泡になった。

会社で誰とも目を合わせず、終電に駆け込んで、座った瞬間に意識が飛んだ。

気づいたら、二駅も乗り過ごしていた。

折り返して、最寄り駅に着いたのは、もう0時を回った頃。

ふらふらの足取りで、いつものコンビニに入る。

ぴんぽーん。

「……君島さん?」

レジから、琉花ちゃんがこっちを見た。

その顔が、ふっと曇る。

「顔、真っ青ですよ。大丈夫ですか?」

「……ああ、うん。ちょっと、乗り過ごして」

声に力が入らなかった。

カゴを手に取る気力もなくて、俺は店の隅のイートインの椅子に、どさっと座り込んだ。

蛍光灯がやけに眩しい。

机に肘をついて、両手で顔を覆う。

(……なにやってんだろ、俺)

一ヶ月の徹夜が、全部無駄になった。

それでも明日も会社に行って、また資料を直すんだ。

なんのために。

そんなことを、ぼんやり考えていたとき。

こと、と。

机の上に、温かい紙コップが置かれた。

「これ、よかったら」

顔を上げると、琉花ちゃんが立っていた。

紙コップから、ほわほわと湯気が立っている。

「……これ」

「ホットミルクです。レジ横のマシンの。砂糖、ちょっとだけ入れときました」

「いや、でも、俺まだ何も買って——」

「いいんです。これは、わたしのおごり♡」

琉花ちゃんが、向かいの椅子にちょこんと座った。

エプロンの裾を膝の上で揃えて、こっちを覗き込む。

「無理に話さなくていいですけど。なんか、すごく疲れた顔してるから」

「……バレバレか」

「バレバレです。いつもの君島さん、もうちょっとシャキッとしてるもん」

くすっと笑って、琉花ちゃんが言った。

ホットミルクを一口飲む。

砂糖の優しい甘さが、喉から胃に落ちていく。

なんでだろう。

ちょっとだけ、泣きそうになった。

「……今日、大きい仕事が、駄目になって」

ぽつり、ぽつりと、話していた。

普段、誰にも言わないことを。

一ヶ月頑張ったこと。それが一瞬で消えたこと。

なんのために働いてるのか、わからなくなったこと。

琉花ちゃんは、口を挟まずに、ずっと聞いていた。

うんうん、と頷きながら。

話し終わると、琉花ちゃんは、ふっと優しい顔で言った。

「君島さん、毎晩ちゃんとここに来てくれるじゃないですか」

「……うん」

「それだけで、十分えらいですよ。倒れずにちゃんと生きてる。それ、すごいことだと思う♡」

その言葉が、じんわりと染みた。

ホットミルクの温かさと一緒に。

「……ありがとう」

「いえいえ♡ 飲んだら、ちゃんと帰って寝てくださいね。明日も生きるために」

ふわっと笑う琉花ちゃん。

その笑顔を見ていたら、不思議と、明日も頑張れる気がした。

その夜、俺は、いつもより少しだけ深く眠れた。

ゴールデンウィークの、ある休日。

久しぶりに昼まで寝て、午後から駅前に出た。

たまには本でも買おうと思って。

駅前のロータリーを歩いていると——

ふと、ギターの音が聞こえた。

弾き語りの声。

透き通った、まっすぐな歌声。

(……うま)

足が、勝手に止まった。

声のする方を見ると、駅前の植え込みの前。

ギターを抱えて、小さなアンプを置いて、一人で歌っている女の子がいた。

オーバーサイズのパーカー。デニム。キャップ。

その下から覗く、栗色のショートボブ。

歌に合わせて、体を揺らしている。

目を閉じて、まるで世界に自分一人みたいに、歌っている。

「……え」

近づいて、その横顔を見て——固まった。

琉花ちゃんだった。

コンビニの、あの琉花ちゃん。

でも、別人みたいだった。

接客のときの、ぴしっとした明るさじゃない。

もっと深くて、もっと無防備で、もっと——剥き出しの、何か。

歌うと、まるで別人だった。

サビに入った瞬間、声がぐっと伸びて、空気が震えた。

(……すごい。なんだこれ)

立ち止まったまま、最後まで聴いてしまった。

歌が終わって、琉花ちゃんが、ふっと目を開ける。

そして——俺と、目が合った。

数秒、止まった。

琉花ちゃんの顔が、みるみる赤くなっていく。

「……えっ。き、君島さん!?」

「あ……うん。たまたま、通りかかって」

「えっ、聞いてたんですか!? マ? いつから!?」

「……最初から、ほぼ全部」

「うわぁぁぁ!」

琉花ちゃんが、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。

キャップのつばがぺこっと曲がる。

「やだやだやだ、なんで、よりによって君島さんに……っ」

「いや、めちゃくちゃよかったよ」

「えっ」

「歌。すごく、よかった。足、止まったもん」

顔を覆っていた手が、ぱっと開いた。

指の隙間から、こっちを見る琉花ちゃん。

その目が、潤んでいた。

「……ほんとに?」

「ほんとに。お世辞抜きで」

「……っ」

琉花ちゃんが、ゆっくり立ち上がる。

赤い顔のまま、でも、口元がふにゃっと緩んでいた。

「あの、わたし……シンガーソングライター、目指してて」

「……そうなんだ」

「夜勤明けの朝、駅前で練習してるんです。誰も見てない時間に、こっそり。歌、誰かに聞かれるの、すっごい恥ずかしいから」

「俺、思いっきり聞いちゃったけど」

「思いっきり聞かれましたね……それな……」

がくっと肩を落とす琉花ちゃん。

でも、すぐに顔を上げて、にっと笑った。

接客スマイルじゃない。

素の、いたずらっぽい笑顔だった。

「でも、君島さんに『よかった』って言われたの、めっちゃ嬉しいかも♡」

「……そっか」

「うん。だって、君島さん、お世辞言うタイプじゃなさそうだから」

「失礼な」

「褒めてます褒めてます」

二人で、ちょっと笑った。

朝のコンビニで見る琉花ちゃんと、昼の駅前で見る琉花ちゃんは、全然違う。

でも、どっちも、同じくらい——目が離せなかった。

ギターをケースにしまいながら、琉花ちゃんが言った。

「あ。わたし、これから夜勤明けの朝ごはん食べに行くんですけど」

「朝ごはん? もう昼だけど」

「夜勤明けは、何時に食べても朝ごはんなんです。これ、夜勤バイトの掟」

「掟なんだ」

「掟です。……あの、よかったら、一緒に行きません? 近くに、すっごい良い喫茶店があるんです♡」

その誘いに、断る理由なんて、一つもなかった。

「……行く」

「ほんと!? やった♡」

琉花ちゃんが案内してくれたのは、銭湯のすぐ近く。

昭和の匂いがする、老舗の喫茶店だった。

赤いビロードの椅子。木目のテーブル。

カウンターの奥で、白髪のマスターが無言でコーヒーを淹れている。

「ここのモーニング、最高なんですよ♡」

ぷるぷるの厚焼き卵のサンド。

濃いめのブレンドコーヒー。

小さなサラダと、ミニサイズのプリン。

「……うま」

「でしょ? 夜勤明けにこれ食べるの、生きる理由レベル♡」

もぐもぐと頬張る琉花ちゃん。

接客のときの澄ました感じはどこにもなくて、ただの食いしん坊の女の子だった。

「水原さんって、いつから歌、やってんの?」

「琉花でいいですよ。水原さんって、なんかお客さん呼びみたいで♡」

「……じゃあ、琉花ちゃん」

「はい♡ えっとね、高校の頃から。ギター買って、ノートに歌詞書いて。それからずっと」

コーヒーを一口飲んで、琉花ちゃんが続けた。

「上京して、もう三年。事務所のオーディション、何回も受けてるんですけど……全部、落ちてて」

「……そっか」

「『悪くないけど、刺さらない』って毎回言われるんです。それな、って感じなんですけど」

ふっと、寂しそうに笑う。

でも、すぐに目に力を込めて。

「でも、わたし、歌うの好きだから。やめる気、ないんです。デモも、コツコツ作ってて」

スマホを取り出して、イヤホンの片方を俺に差し出した。

「これ、最新のやつ。聞いてみてください」

イヤホンから流れてきたのは、あの透き通った声。

弾き語りに、シンプルな打ち込みが重なっている。

夜の街を歩く、誰かの孤独を歌った曲だった。

「……いいじゃん。すごく」

「ほんと?♡」

「うん。なんか……俺の、終電の帰り道みたいだなって思った」

その瞬間、琉花ちゃんの目が、きらっと光った。

歌と曲の話になると、目の色が変わる。

「それ、すっごい嬉しい。曲って、誰かの生活に重なった瞬間が、一番うれしいんです♡」

身を乗り出して、早口で語る琉花ちゃん。

歌詞のこと、メロディのこと、ライブのこと。

夢中で話すその姿が、たまらなく眩しかった。

それから、夜勤明けの朝ごはんは、二人の定番になった。

琉花ちゃんが夜勤の朝、駅前で練習を終えると、俺にLINEが来る。

『朝ごはん、行ける?』

俺は会社に行く前の一時間を、その喫茶店に充てるようになった。

寝不足でも、不思議と平気だった。

厚焼き卵のサンドと、濃いコーヒーと、琉花ちゃんの歌の話。

それが、新しい息抜きになっていた。

「最近、仕事のあとも、なんか元気なんだよな」

「えー、なんでだろ♡」

「……お前のせいだろ」

「わたしのせい!? ふふ、それ、責任重大じゃないですか♡」

くすくす笑う琉花ちゃん。

その笑い方が、好きだった。

接客スマイルじゃない、素の、くしゃっとした笑顔。

五月の終わり。

その朝、喫茶店で、琉花ちゃんが一枚のチケットを差し出した。

「これ。来週の土曜、ライブハウスでワンマンやるんです」

「ワンマン?」

「はい。初めての、自分一人だけのライブ。小さいハコだけど」

緊張した顔で、琉花ちゃんが言った。

「来て、ほしいなって。……君島さんに、一番、聞いてほしくて」

その「一番」に、心臓が跳ねた。

「……行くに決まってるだろ」

「ほんと!? よかったぁ♡」

ほっとしたように、琉花ちゃんが笑った。

ライブ当日。

俺は仕事を定時で切り上げて——人生で初めて定時で帰った——

駅前の、小さなライブハウスに向かった。

地下に降りる階段。重い扉。

中は薄暗くて、四十人も入ればいっぱいの、こぢんまりとした空間。

ステージにスポットライトが当たって、琉花ちゃんが現れた。

いつものパーカーじゃない。

白いワンピースに、ギター。

照明を浴びて、別人みたいに、綺麗だった。

「来てくれて、ありがとうございます。水原琉花です」

一曲目。二曲目。

デモで聞いた曲。初めて聞く曲。

琉花ちゃんの歌声が、狭いハコいっぱいに広がる。

声が伸びるたびに、空気が震える。

(……かっこいい。本当に、かっこいい)

そして、ライブの終盤。

琉花ちゃんが、マイクの前で、ふっと息をついた。

「……次の曲は、新曲です」

ざわ、と客席が小さく沸く。

「最近作った曲で。実は、これ、ある人のことを思って書きました」

ぎゅっと、ギターを抱え直す琉花ちゃん。

スポットライトの中で、その目が、まっすぐ客席の——俺の方を、見た。

「タイトルは……『23時半の人』」

心臓が、止まった。

23時半。

毎晩、俺がレジの前に立つ、あの時間。

イントロが始まる。

そして、歌詞が——俺のことだった。

終電に潰された夜。

「お疲れ様です」の一言。

レシートの裏の、小さなおすすめ。

ホットミルクの、湯気。

全部、全部、俺と琉花ちゃんの、あの夜のことだった。

(……これ)

胸の奥が、ぎゅうっとなった。

琉花ちゃんの声が、震えながらも、まっすぐ伸びていく。

サビの一節。

「毎晩 同じ時間に 笑ってくれた あなたが わたしの 歌になった」

涙が、出そうになった。

二十七にもなって、ライブハウスで、ギターの弾き語りで、泣きそうになっていた。

歌が終わった。

ハコ中が、割れんばかりの拍手に包まれる。

ステージの上の琉花ちゃんが、こっちを見て——

照れたように、にっと笑った。

ライブが終わって、打ち上げ。

近くの居酒屋で、出演者やスタッフと飲んだ。

みんなが帰り始めて、気づけば、俺と琉花ちゃんだけが残っていた。

「……今日、来てくれて、ほんとにありがとうございました」

「いや。来てよかった。……というか」

「あの曲。『23時半の人』」

「……っ」

琉花ちゃんが、ぴくっと肩を揺らした。

頬が、みるみる赤くなっていく。

「あれ、俺のこと、だよな」

「……バレました?」

「バレバレだよ」

「うぅ……それな……」

両手で顔を覆う琉花ちゃん。

ライブのときの堂々とした姿はどこにもなくて、いつもの、照れた女の子に戻っていた。

「あの夜、君島さんがイートインでぼろぼろになってて。ホットミルク出したとき、わたし、ほっとけないなって思って」

指の隙間から、こっちを見る。

「それから、君島さんが毎晩来てくれるの、すっごい楽しみで。レシートにメモ書くの、夜勤のいちばんの楽しみになってて」

「……俺も。あのメモ、全部、財布に入れて持って帰ってた」

「えっ。全部!?」

「全部」

「……うわ。なにそれ、嬉しすぎるんですけど」

ふにゃっと、琉花ちゃんの顔が崩れた。

潤んだ目で、まっすぐ俺を見る。

「あの曲、書いてる途中で気づいたんです。……あ、わたし、この人のこと、好きなんだって」

時間が、止まった気がした。

「……琉花ちゃん」

「夜勤明けの朝ごはんも、ライブに呼んだのも。全部、君島さんと、もっと一緒にいたかったから」

居酒屋の喧騒が、遠くなる。

俺は、琉花ちゃんの目を、まっすぐ見て言った。

「俺も。……毎晩、あのコンビニに寄るの、最初は息抜きだったけど。途中から、琉花ちゃんに会いに行ってた」

「……っ」

「『お疲れ様です』の一言で、その日のしんどさが、全部溶けてた。……ずっと、好きだったんだと思う」

琉花ちゃんの目から、ぽろっと涙がこぼれた。

「……っ、ずるい。わたしより先に言うの、ずるい……っ」

「ごめん」

「謝らないでください……嬉しいんだから……っ」

涙を拭いながら、ぐしゃぐしゃの顔で笑う琉花ちゃん。

その顔が、世界で一番、可愛いと思った。

店を出て、夜風の中を、二人で歩いた。

自然と、手が繋がっていた。

「……ねえ、君島さん」

「ん?」

「うち、ここからすぐなんですけど。……来ます?」

潤んだ目で、上目遣いに俺を見る琉花ちゃん。

その目に、嘘はなかった。

「……いいの?」

「いいんです。っていうか……来てほしい♡」

きゅっと、繋いだ手に力がこもった。

琉花ちゃんの部屋は、駅から歩いて七分の、古いアパートの二階だった。

ドアを開けると——

そこは、ギターと、機材で埋め尽くされていた。

アコギが二本。エレキが一本。

小さなミキサー。マイクスタンド。

壁には、歌詞を書いた紙が、何枚も貼ってある。

「……すごい部屋だな」

「散らかってて、すみません。これでも片付けたんですよ?♡」

ギターケースを端に寄せて、琉花ちゃんが座る場所を作ってくれる。

その背中を見ながら、俺の心臓は、もう、うるさいくらいに鳴っていた。

「あの……飲み物、出しますね。えっと——」

振り向いた琉花ちゃんの手を、そっと取った。

「……いらない」

「……っ」

琉花ちゃんが、息を呑む。

そのまま、ゆっくりと引き寄せて——唇を重ねた。

ちゅっ。

「ん……♡」

最初は、触れるだけの、軽いキス。

琉花ちゃんの唇は、柔らかくて、ほんのり甘い。

少し離れて、目を合わせる。

頬を真っ赤にした琉花ちゃんが、潤んだ目で俺を見上げていた。

「……もう一回、いい?」

「……はい♡」

今度は、もっと深く。

ちゅっ……ちゅる……♡

琉花ちゃんの唇が薄く開いて、俺の舌先がそっと触れる。

応えるように、琉花ちゃんの舌が、おずおずと絡んでくる。

ちゅるっ、ちゅっ、ちゅるるっ♡

機材だらけの狭い部屋に、湿ったキスの音が響く。

「んっ……♡ はぁ……♡ 君島さん……♡」

「……陽介でいいよ」

「……陽介、さん♡」

「さんもいらない」

「……陽介♡」

その呼び方が、くすぐったくて、甘くて、たまらなかった。

「うん♡」

嬉しそうに笑って、琉花ちゃんがまた唇を寄せてくる。

ちゅっ♡ ちゅるっ♡ んっ♡

キスをしながら、俺は琉花ちゃんの背中に手を回した。

パーカー越しの、細い背中。

ぎゅっと引き寄せると、琉花ちゃんの体が、俺の胸に密着した。

思ったより、柔らかかった。

「ん……♡♡」

小さく声を漏らす琉花ちゃん。

キスが深くなる。舌と舌が絡んで、甘い唾液が混ざる。

ちゅるっ♡ ちゅぷっ♡ んんっ♡♡

「……パーカー、脱がしていい?」

「……うん♡」

オーバーサイズのパーカーを、頭から抜く。

その下から現れたのは、白いキャミソール。

そして——思ったよりずっと豊かな、胸の膨らみ。

キャミの薄い生地が、ぱつんと張っている。

「……意外と」

「言わないでください……♡ パーカーで隠してるだけです……っ」

恥ずかしそうに、両腕で胸を隠す琉花ちゃん。

でも、その腕を、そっと外させた。

「隠さないで。……綺麗だから」

「……もう♡」

キャミの肩紐に指をかけて、つっと下ろす。

ぷるん、と。

ブラに包まれた胸が、揺れた。

淡いブルーの、シンプルなブラ。

その縁から、白い柔肌がむにゅっとはみ出している。

「……」

「そんなに見ないでくださいってば……♡」

「無理。可愛すぎる」

背中に手を回して、ブラのホックを外す。

かちり。

肩紐が滑り落ちて——

ふるんっ♡

解放された胸が、ぷるんと弾んだ。

形のいい、ハリのある膨らみ。

頂点には、薄いピンクの先端が、つんと立ち上がっている。

「……綺麗だ」

「……っ、ばか♡」

両手で、その胸を包み込んだ。

むにゅうっ♡

「あっ♡♡」

指が、沈み込む。

しっとりした柔らかさが、手のひらに吸い付いてくる。

もちもちと弾んで、指の間から白い肉がこぼれる。

むにゅ♡ むにゅ♡ むにゅむにゅっ♡

「んっ♡ あっ♡ 陽介……♡ それ、気持ちいい……♡」

揉むたびに、琉花ちゃんの口から、甘い声が漏れる。

歌うときの、あの透き通った声とは、また違う。

もっと、無防備で、もっと、生々しい声。

「……声、エロいな」

「言わないで……っ♡ 恥ずかしいから……っ」

両手で交互に、リズムよく揉みしだく。

むにゅっ♡ むにゅっ♡ むにゅっ♡♡

「ひゃっ♡ やぁっ♡ そんなに揉んだら……♡」

「ここは?」

親指で、つんと立った先端を、くりっと撫でた。

「ひゃんっ♡♡」

琉花ちゃんの体が、びくんと跳ねた。

「そこっ……♡ 弱いの……っ♡」

ツンと尖った先端を、指先でくりくりと転がす。

「やぁっ♡♡ んんっ♡♡ 陽介っ♡♡ そこぉっ♡♡」

我慢できなくなって、左の先端に、唇をかぶせた。

ちゅうっ♡

「ひあっ♡♡♡」

琉花ちゃんの手が、俺の頭をぎゅっと抱え込んだ。

柔らかい胸に、顔が埋もれる。

甘い匂いが、鼻をくすぐった。

ちゅるっ♡ れろっ♡ ちゅっ♡

舌先で先端を弾きながら、もう片方の胸を、手で揉み続ける。

「あっ♡♡ んんっ♡♡ 陽介、上手っ……♡♡」

交互に、吸って、舐めて、揉んで。

「はぁっ♡ はぁっ♡ なんか、頭、ぼーっとする……♡♡」

琉花ちゃんの体が、どんどん熱くなっていく。

ちゅう♡ ちゅるっ♡ むにゅっ♡♡

「んあっ♡♡ もう……♡ 陽介のせいで、変になっちゃう……♡♡」

ふと、琉花ちゃんの手が、俺のズボンに伸びてきた。

もっこりと膨らんだそこを、おそるおそる、指でなぞる。

「……陽介、ここ……すごいことになってる♡」

「……お前のせいだろ」

「えへへ♡ ……わたしも、見ていい?」

ジッパーに、細い指がかかる。

するすると下ろして、下着の上から、形をなぞった。

「おっきい……♡♡ こんなの、入るのかな……♡」

下着の中に手を入れられて、直接、握られた。

「……っ」

琉花ちゃんの手は、思ったよりしっかりとした力で、俺のものを包み込んだ。

「あつい……♡ すごく、硬い……♡」

にぎにぎっと握りながら、ゆっくり上下に動かしてくれる。

「琉花ちゃん……っ」

「ねえ、陽介♡」

琉花ちゃんが、俺の前に、すっとしゃがみ込んだ。

潤んだ瞳が、下から見上げてくる。

「……お口で、してあげたい♡」

そう言って、琉花ちゃんは、俺のものに唇を寄せた。

ちゅっ♡

先端に、柔らかいキスが落とされる。

「ん……♡ 陽介の匂い、する……♡」

ちろっと舌先が出て、先端を舐める。

れろっ♡ ちろっ♡

「……っ」

「気持ちいい?♡」

「……やばい」

琉花ちゃんが嬉しそうに微笑んで——ぱくっと、口に含んだ。

「んんっ♡♡」

温かくて、湿った口の中に、包まれる。

じゅるっ♡ ちゅぷっ♡

琉花ちゃんの舌が、絡みつきながら、上下に動く。

「じゅるるっ♡ んっ♡♡ んんっ♡♡」

ショートボブが、揺れる。

その隙間から、蕩けたような目が、俺を見上げていた。

「琉花ちゃん……上手すぎる……っ」

「んふふ♡ じゅるっ♡ ちゅるるっ♡♡」

嬉しそうに目を細めながら、さらに深く、くわえ込んでくる。

じゅぽっ♡ じゅるっ♡ ちゅぷっ♡♡

「ぷはっ♡ 陽介の……美味しい♡」

一度口を離して、裏筋を下から上へ、つーっと舐め上げる。

「ね、知ってます? 歌うとき、喉と口、すっごい使うんです♡」

「……っ、それ、今言う?」

「だから……お口、得意なんですよ♡」

そう言って、また深くくわえ込む。

頬をへこませて、強く吸い上げてくる。

ちゅぱっ♡ じゅるっ♡ ちゅぷちゅぷ♡♡

「っ、それ、やばい……」

舌が先端をくるくる舐め回しながら、根本を手でしごく。

二重の刺激に、腰が砕けそうになる。

「じゅるるっ♡♡ んっ♡♡ ぴくぴくしてる♡♡」

上目遣いのまま、琉花ちゃんが、リズムよく頭を動かす。

「琉花ちゃん……そろそろ、まずい……っ」

「ん……♡ 出して、いいよ♡ でも——」

ぷはっ、と口を離した琉花ちゃんが、潤んだ目で言った。

「最初は、陽介と、ちゃんと繋がりたい♡」

その言葉だけで、頭が真っ白になりそうだった。

「……俺も」

琉花ちゃんを、機材を避けて、ベッドに横たわらせた。

シングルベッドの、シーツの上。

デニムのボタンを外して、ゆっくり脱がせる。

下着は、ブラとお揃いの、淡いブルー。

そして、その中心が——じっとりと濡れて、布地が肌に張り付いていた。

「……もう、こんなに」

「だって……♡ 陽介に、あんなにされたから……♡ ずっと、変な感じだったんだもん♡」

恥ずかしそうに、太ももを擦り合わせる琉花ちゃん。

下着に指をかけて、ゆっくり引き下ろす。

「ん……♡」

露わになった秘所は、もう、とろとろに濡れていた。

部屋の薄明かりに照らされて、蜜が、てらてらと光っている。

「……すごい濡れてる」

「言わないで……っ♡ 恥ずかしい♡」

両手で顔を覆う琉花ちゃん。

その太ももを、そっと開く。

間に体を入れて、先端を、入口にあてがった。

ぬるっ、とした感触。

「……入れるよ」

「……うん♡ 来て♡」

ずぷっ♡

「あっ♡♡♡」

中に入った瞬間、琉花ちゃんの体が、びくんと震えた。

「あついっ……♡♡ 陽介の……奥まで、来てる……♡♡」

ゆっくりと、奥まで進めていく。

ずぶ♡ ずぶ♡ ずぶっ♡♡

「んんっ♡♡♡ おっきい……♡♡ いっぱい……♡♡」

琉花ちゃんの中は、信じられないくらい熱くて、きつくて、とろとろだった。

絡みつくように、ぎゅうっと締め付けてくる。

「……琉花ちゃん、めちゃくちゃ気持ちいい」

「わたしも……っ♡♡ 陽介ので、いっぱいになってる♡♡」

正常位。

琉花ちゃんの顔が、目の前にある。

赤く上気した頬。潤んだ瞳。半開きの唇。

その全部が、たまらなく愛おしい。

唇にキスをしながら、ゆっくり、腰を動かし始めた。

ちゅっ♡ ぱんっ♡

「んむっ♡♡」

ぱんっ♡ ぱんっ♡

「んっ♡ あっ♡ あんっ♡♡」

奥を突くたびに、琉花ちゃんが甘い声をあげる。

ぱんぱんぱんっ♡♡

「あっ♡ あっ♡ あっ♡♡ 陽介っ♡♡ 気持ちいいっ♡♡」

突くたびに、琉花ちゃんの胸が、たゆんたゆんと揺れる。

その揺れを見ながら、腰を動かす。

「琉花ちゃんの中……やばい……最高だ……」

「んっ♡♡ そんなこと言われたら……もっと、よくなっちゃう♡♡」

琉花ちゃんの腕が、俺の首に回された。

足も、腰に絡みついてくる。

「もっと……奥、来て……♡♡」

ずぱんっ♡♡

「ひゃあっ♡♡♡ そこっ♡♡ そこ、当たってるっ♡♡♡」

奥の、一番いいところに当たったみたいだ。

琉花ちゃんの中が、きゅうっと締まった。

「ここ?」

ずぱんっ♡♡

「そこぉっ♡♡♡ やっ♡♡ すごいのっ♡♡♡」

同じ場所を、何度も突く。

ぱんっ♡ ぱんっ♡ ぱんっ♡ ぱんっ♡♡

「あっあっあっ♡♡ 陽介っ♡♡ もっとっ♡♡ もっと、激しくっ♡♡♡」

言われるままに、腰の動きを速める。

ぱんぱんぱんぱんっ♡♡♡

「んあぁっ♡♡♡ やばっ♡♡ 頭、真っ白になるっ♡♡♡」

琉花ちゃんの中が、どんどんきつくなっていく。

古いベッドが、ぎしぎし軋む。

機材だらけの部屋に、肉のぶつかる音と、水音が響く。

「琉花ちゃん……中、すごい締まってる……っ」

「だってっ♡♡ 陽介ので、いっぱいなんだもんっ♡♡♡」

ぱんっ♡♡ ぐちゅっ♡♡ ぱんっ♡♡ ぬちゅっ♡♡

「あっ♡♡ もうっ♡♡ イクっ♡♡ イっちゃうっ♡♡♡」

「俺も……っ」

「中はっ……♡♡ まだ、ダメっ……♡♡ お腹の上に、ちょうだいっ♡♡♡」

「……っ、わかった」

ぱんぱんぱんぱんっ♡♡♡♡

「っ——出る、琉花ちゃんっ……!」

「きてっ♡♡♡ イクッ♡♡♡♡」

ぎりぎりで引き抜いて——

びゅるるるっ♡♡♡♡

どぴゅっ♡ びゅるっ♡♡

白い液体が、琉花ちゃんの平らなお腹の上に、飛び散った。

「あっ♡♡♡ あったかい……♡♡ いっぱい、出たね♡♡」

びくんびくん、と。

琉花ちゃんの体が、達したように、小さく痙攣する。

「はぁっ……はぁっ……♡♡ すごかった……♡♡」

潤んだ目で、こっちを見上げる琉花ちゃん。

お腹を白く汚されて、髪を乱して、蕩けた顔で笑っている。

(……こんな光景、現実でいいのか)

ティッシュで、そっとお腹を拭う。

琉花ちゃんが、その手をきゅっと掴んだ。

「……ねえ、陽介♡」

「ん?」

「まだ……終わりじゃ、ないよね♡?」

潤んだ瞳が、まっすぐ俺を見つめる。

その視線だけで、出したばかりなのに、また硬くなっていくのがわかった。

「……当たり前だろ」

「えへへ♡ じゃあ、今度は——」

琉花ちゃんが、むくっと起き上がる。

そして、俺を、そっと仰向けに押し倒した。

「わたしが、上♡」

俺の腰に、ぺたんと跨がる。

目の前で、形のいい胸が、ふるんと揺れた。

「……エロいな、その体勢」

「やらしい目で見ないでください♡♡」

そう言いながら、琉花ちゃんは、自分で位置を合わせた。

先端が入口に触れた瞬間、びくっと震える。

「ん……♡♡」

ゆっくりと、腰を下ろしていく。

ずぷっ♡ ずずずっ♡ ずぷんっ♡♡

「んあぁぁっ♡♡♡ 奥まで、来たっ♡♡♡」

重力で、さっきより深く繋がった。

俺の上で、琉花ちゃんが、はぁ、と息をつく。

「この角度……♡ さっきと、違うとこ当たる……♡♡」

ゆっくりと、腰を上下に動かし始める。

ずちゅっ♡ ぬぷっ♡ ずちゅっ♡

「あっ♡♡ ん♡♡ はぁっ♡♡♡ 気持ちいい……♡♡」

動きが、どんどん大胆になっていく。

胸が、たぷんたぷんと揺れて、白い肌が、薄っすらピンクに上気する。

ぱちゅっ♡ ぬちゃっ♡ ずちゅずちゅっ♡♡

下から、ぐっと突き上げた。

どんっ♡

「ひゃぁっ♡♡♡」

琉花ちゃんが、仰け反る。

両手で腰を掴んで、下からのピストンを加速させた。

揺れる胸を、下から鷲掴みにして、揉みながら突き上げる。

むにゅっ♡ ぱんっ♡ むにゅっ♡♡

「やっ♡♡♡ 下からっ♡♡♡ そんなにされたらっ♡♡♡♡」

「琉花ちゃん……っ、可愛すぎる」

「もうっ♡♡ わたしっ♡♡ また、イっちゃうっ♡♡♡」

琉花ちゃんが、前のめりに倒れ込んでくる。

胸が、俺の顔に押し付けられた。

ぷっくりした先端を、ぱくっと口に含む。

ちゅるっ♡

「あーーっ♡♡♡♡」

舌で転がしながら、下から、激しく突き上げる。

ぱんぱんぱんぱんっ♡♡♡♡

「陽介っ♡♡♡ もうっ♡♡♡ 限界っ♡♡♡♡」

「俺も……っ、また出そう……っ」

「今度は……っ♡♡♡ 中で、感じたいっ♡♡♡ でも、お腹に……っ、一緒に、いこっ♡♡♡♡」

琉花ちゃんが、自分から、激しく腰を打ち付けてくる。

ぱんぱんぱんぱんぱんっ♡♡♡♡♡

「っ——出る、琉花ちゃんっ……!」

「きてっ♡♡♡♡♡ イクっ♡♡♡♡♡」

ぎりぎりで、琉花ちゃんが腰を浮かせる。

びゅるるるるっ♡♡♡♡♡

どぴゅっ♡ びゅるっ♡ どくっ♡♡♡

二回目の熱が、琉花ちゃんのお腹と、胸元に、飛び散った。

「あぁぁっ♡♡♡♡ また、いっぱいっ♡♡♡♡」

びくんびくんびくん、と。

琉花ちゃんの体が、大きく痙攣する。

そのまま、俺の上に、ぐったりと崩れ落ちてきた。

「はぁっ……はぁっ……♡♡」

「はぁ……はぁ……すごかった……♡♡」

二人とも、汗だくだった。

機材だらけの狭い部屋に、荒い息だけが響いている。

俺は、琉花ちゃんの汗ばんだ背中を、そっと撫でた。

「……陽介、最高だった♡」

「俺も。……めちゃくちゃ」

しばらく、そのまま、抱き合っていた。

汗が引いて、呼吸が落ち着いていく。

琉花ちゃんが、俺の胸に頬を寄せて、ぽつりと言った。

「……夢みたい。23時半の人が、ほんとに、わたしの隣にいる♡」

「……夢じゃないよ」

「うん。……えへへ♡」

ぎゅっと、抱きついてくる琉花ちゃん。

その温もりを抱きしめながら、俺も、ゆっくり目を閉じた。

——朝。

カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいた。

ぽろん、と。

ギターの音で、目が覚めた。

体を起こすと、ベッドの端に、琉花ちゃんが座っていた。

俺のシャツを一枚だけ羽織って、膝にギターを乗せて。

朝の光を浴びながら、ぽろぽろと、コードを爪弾いている。

「……おはよ」

「あ。起こしちゃった? ごめんなさい♡」

振り向いた琉花ちゃんが、にこっと笑う。

すっぴんの、朝の顔。

それが、たまらなく綺麗だった。

「朝、起きたら、なんか、メロディが降りてきちゃって」

「曲、作ってたの?」

「うん♡ ……ねえ、陽介」

ギターを抱えたまま、琉花ちゃんが、ちょっと照れた顔で言った。

「『23時半の人』の、続きの曲、作ろうと思うんです」

「続き?」

「うん。……その、次の曲のタイトル」

ぽろん、と。

ギターを、一つ鳴らして。

琉花ちゃんが、上目遣いに、俺を見た。

「タイトル、『彼氏』にしても、いい……?♡」

時間が、止まった。

その意味を理解した瞬間、胸の奥が、ぎゅうっとなった。

「……それって」

「……ちゃんと、言わせてください♡」

ギターを置いて、琉花ちゃんが、俺の手をきゅっと握る。

赤い顔で、でも、まっすぐな目で。

「陽介。わたしと、付き合ってください♡」

朝の光の中、その言葉が、まっすぐ俺に届いた。

「……こっちこそ。よろしく」

頷くと、琉花ちゃんの顔が、ぱあっと輝いた。

「やった……っ♡♡ やったぁ♡♡」

ギターを横に倒して、琉花ちゃんが飛びついてくる。

シャツ一枚の、柔らかい体が、全身に押し付けられた。

「えへへ♡ じゃあ、決定♡ 次の曲、『彼氏』♡」

「……歌詞、また俺のこと書くのか」

「もちろん♡ わたしのいちばんの、ネタ元なんだから♡」

くしゃっと笑う琉花ちゃん。

接客スマイルじゃない、素の、最高の笑顔だった。

その夜から、俺の「23時半」は、変わった。

仕事帰り、いつものコンビニに寄る。

ぴんぽーん。

「いらっしゃいませ♡ あ、君島さん。お疲れ様です♡」

レジの向こうで、琉花ちゃんが笑う。

店では、相変わらず、ぴしっとした明るい敬語。

俺も、お客さんの顔で、カゴを差し出す。

「……どうも。お疲れ様」

「七百四十円になりまーす。ピッとお願いします♡」

電子マネーをかざす。

レシートを受け取って、裏を返すと。

丸っこい、可愛い字で。

『夜勤明けの朝ごはん、いつもの喫茶店で。— 彼女より♡』

その「彼女より」に、思わず、口元がゆるんだ。

「……これ、書くの、まだ続けるんだ」

「当たり前です♡ わたしの、夜勤のいちばんの楽しみなんだから♡」

くすっと笑う琉花ちゃん。

店を出る。

ぴんぽーん。

夜風が、頬に当たる。

でも、もう、寒くなかった。

明日の朝、夜勤明けの琉花ちゃんと、あの喫茶店で朝ごはんを食べる。

厚焼き卵のサンドと、濃いコーヒーと、彼女が作りかけの新曲の話。

そして、いつか——

『23時半の人』が満員のライブハウスで歌われる日を、

一番近くで見届けるんだ。

レシートを、財布に大事に挟む。

俺は、星の出ていない夜空を見上げて、軽い足取りで歩き出した。

毎晩の23時半が、世界で一番、好きな時間になった。

― 終 ―


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