俺、君島陽介、27歳。
都内の広告代理店で働いている。
職業を一言で説明すると「終電を見送る仕事」だ。
毎晩、提案資料を直して、修正を入れて、クライアントの一声でひっくり返って、また直す。
気づけば日付が変わる手前。
会社を出て、電車に揺られて、最寄り駅から歩いて十分。
家の手前にある一軒のコンビニ。
そこに寄るのが、俺の一日でたった一つの息抜きだった。
時刻は決まって、23時半。
自動ドアが開いて、ぴんぽーん、と間延びした入店音が鳴る。
冷えた弁当のケースの白い光。雑誌の棚。レジ横のホットスナック。
そして——カウンターの向こう。
「いらっしゃいませ。あ、君島さん。お疲れ様です♡」
ふわっと笑うその子。
水原琉花(みずはら るか)ちゃん、24歳。
この店の夜勤バイトの店員だ。
明るい栗色のショートボブ。前髪の下から覗く大きな目。
笑うと右の頬にだけえくぼができる。
制服の上から羽織った緑のエプロン。胸元に「水原」の名札。
接客のときは、ぴしっとした明るい敬語。
声がよく通って、店内のBGMより耳に残る。
「……どうも。お疲れ様です」
「今日も遅いですね。お仕事頑張ってますね♡」
「いや、頑張ってるっていうか、終わらないだけで」
「ふふ、それ、頑張ってるって言うんですよ」
くすっと笑って、琉花ちゃんが俺のカゴを受け取る。
カゴの中身はいつも同じ。
おにぎり二個、缶のハイボール一本、明日の朝用のサンドイッチ。
色気のない、独身の深夜飯セット。
(この「お疲れ様です」の一言で、一日の疲れが半分くらい溶けるんだよな)
我ながら単純だと思う。
でも本当に、そうだった。
会議で詰められて、上司に小言を言われて、ぼろぼろになって帰ってくる。
そんな夜でも、このレジの前に立って「お疲れ様です」と言われると、
ああ、今日も一日終わったな、と思えた。
「七百四十円になりまーす」
「……えっと、カードで」
「はーい。ピッとお願いします♡」
電子マネーをかざす、たったそれだけの動作なのに。
琉花ちゃんの「ピッとお願いします」が、なぜか毎晩ちょっと楽しみだった。
レシートを受け取って、袋を提げて、店を出る。
ぴんぽーん。
夜風が頬に当たる。
(……はー。明日も仕事か)
それでも、足取りはほんの少し軽くなっている。
そんな日々が、二週間くらい続いた頃だった。
ある夜、いつものようにレシートを受け取って——ふと、裏に何か書いてあるのに気づいた。
家に帰って、上着を脱ぎながら、何気なくレシートを裏返す。
丸っこい、可愛い字で。
『新作のプリン、めっちゃ美味しいので明日ぜひ。— 水原』
語尾に小さなハートマーク。
「……は?」
思わず声が出た。
俺、ハイボールしか頼んでないのに、プリンのおすすめが書いてある。
しかも「明日ぜひ」って。
(……これ、もう一回来いってことか?)
いや、考えすぎだ。
ただの店員の親切。新作のノルマでもあるのかもしれない。
そう思いながら——翌日の23時半、俺はそのプリンをカゴに入れていた。
「あっ。君島さん、買ってくれたんですか?♡」
「……レシートに書いてあったから」
「気づいてくれたんだ! 嬉しい♡ それ、ほんとに美味しいんですよ。カラメルが苦めで」
「店員がそんなにおすすめするの、珍しいな」
「だって、君島さん毎晩おにぎりとお酒ばっかりだから。たまには甘いもの食べてほしくて」
にこっと笑う琉花ちゃん。
そのえくぼに、心臓がどくんと跳ねた。
(見られてた。俺のカゴの中身、ちゃんと見られてた)
それから、レシートの裏のメモは習慣になった。
『あのチョコの新作、隠れた当たりです』
『今日のからあげクン、揚げたて時間ぴったりでした。ラッキー』
『おにぎりばっかりだと栄養偏りますよ。サラダチキンも一緒にどうぞ。— 水原』
毎晩、違うおすすめ。
俺はそれを集めるみたいに、レシートを財布に挟んで持ち帰った。
仕事中、ふとした瞬間にそのメモを思い出して、ちょっと笑ってしまう自分がいた。
(……完全に、生活の真ん中にあのコンビニが来てるな)
四月の終わり。
その夜は、本当にひどい一日だった。
大型案件のコンペで負けて、一ヶ月の徹夜が全部水の泡になった。
会社で誰とも目を合わせず、終電に駆け込んで、座った瞬間に意識が飛んだ。
気づいたら、二駅も乗り過ごしていた。
折り返して、最寄り駅に着いたのは、もう0時を回った頃。
ふらふらの足取りで、いつものコンビニに入る。
ぴんぽーん。
「……君島さん?」
レジから、琉花ちゃんがこっちを見た。
その顔が、ふっと曇る。
「顔、真っ青ですよ。大丈夫ですか?」
「……ああ、うん。ちょっと、乗り過ごして」
声に力が入らなかった。
カゴを手に取る気力もなくて、俺は店の隅のイートインの椅子に、どさっと座り込んだ。
蛍光灯がやけに眩しい。
机に肘をついて、両手で顔を覆う。
(……なにやってんだろ、俺)
一ヶ月の徹夜が、全部無駄になった。
それでも明日も会社に行って、また資料を直すんだ。
なんのために。
そんなことを、ぼんやり考えていたとき。
こと、と。
机の上に、温かい紙コップが置かれた。
「これ、よかったら」
顔を上げると、琉花ちゃんが立っていた。
紙コップから、ほわほわと湯気が立っている。
「……これ」
「ホットミルクです。レジ横のマシンの。砂糖、ちょっとだけ入れときました」
「いや、でも、俺まだ何も買って——」
「いいんです。これは、わたしのおごり♡」
琉花ちゃんが、向かいの椅子にちょこんと座った。
エプロンの裾を膝の上で揃えて、こっちを覗き込む。
「無理に話さなくていいですけど。なんか、すごく疲れた顔してるから」
「……バレバレか」
「バレバレです。いつもの君島さん、もうちょっとシャキッとしてるもん」
くすっと笑って、琉花ちゃんが言った。
ホットミルクを一口飲む。
砂糖の優しい甘さが、喉から胃に落ちていく。
なんでだろう。
ちょっとだけ、泣きそうになった。
「……今日、大きい仕事が、駄目になって」
ぽつり、ぽつりと、話していた。
普段、誰にも言わないことを。
一ヶ月頑張ったこと。それが一瞬で消えたこと。
なんのために働いてるのか、わからなくなったこと。
琉花ちゃんは、口を挟まずに、ずっと聞いていた。
うんうん、と頷きながら。
話し終わると、琉花ちゃんは、ふっと優しい顔で言った。
「君島さん、毎晩ちゃんとここに来てくれるじゃないですか」
「……うん」
「それだけで、十分えらいですよ。倒れずにちゃんと生きてる。それ、すごいことだと思う♡」
その言葉が、じんわりと染みた。
ホットミルクの温かさと一緒に。
「……ありがとう」
「いえいえ♡ 飲んだら、ちゃんと帰って寝てくださいね。明日も生きるために」
ふわっと笑う琉花ちゃん。
その笑顔を見ていたら、不思議と、明日も頑張れる気がした。
その夜、俺は、いつもより少しだけ深く眠れた。
ゴールデンウィークの、ある休日。
久しぶりに昼まで寝て、午後から駅前に出た。
たまには本でも買おうと思って。
駅前のロータリーを歩いていると——
ふと、ギターの音が聞こえた。
弾き語りの声。
透き通った、まっすぐな歌声。
(……うま)
足が、勝手に止まった。
声のする方を見ると、駅前の植え込みの前。
ギターを抱えて、小さなアンプを置いて、一人で歌っている女の子がいた。
オーバーサイズのパーカー。デニム。キャップ。
その下から覗く、栗色のショートボブ。
歌に合わせて、体を揺らしている。
目を閉じて、まるで世界に自分一人みたいに、歌っている。
「……え」
近づいて、その横顔を見て——固まった。
琉花ちゃんだった。
コンビニの、あの琉花ちゃん。
でも、別人みたいだった。
接客のときの、ぴしっとした明るさじゃない。
もっと深くて、もっと無防備で、もっと——剥き出しの、何か。
歌うと、まるで別人だった。
サビに入った瞬間、声がぐっと伸びて、空気が震えた。
(……すごい。なんだこれ)
立ち止まったまま、最後まで聴いてしまった。
歌が終わって、琉花ちゃんが、ふっと目を開ける。
そして——俺と、目が合った。
数秒、止まった。
琉花ちゃんの顔が、みるみる赤くなっていく。
「……えっ。き、君島さん!?」
「あ……うん。たまたま、通りかかって」
「えっ、聞いてたんですか!? マ? いつから!?」
「……最初から、ほぼ全部」
「うわぁぁぁ!」
琉花ちゃんが、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
キャップのつばがぺこっと曲がる。
「やだやだやだ、なんで、よりによって君島さんに……っ」
「いや、めちゃくちゃよかったよ」
「えっ」
「歌。すごく、よかった。足、止まったもん」
顔を覆っていた手が、ぱっと開いた。
指の隙間から、こっちを見る琉花ちゃん。
その目が、潤んでいた。
「……ほんとに?」
「ほんとに。お世辞抜きで」
「……っ」
琉花ちゃんが、ゆっくり立ち上がる。
赤い顔のまま、でも、口元がふにゃっと緩んでいた。
「あの、わたし……シンガーソングライター、目指してて」
「……そうなんだ」
「夜勤明けの朝、駅前で練習してるんです。誰も見てない時間に、こっそり。歌、誰かに聞かれるの、すっごい恥ずかしいから」
「俺、思いっきり聞いちゃったけど」
「思いっきり聞かれましたね……それな……」
がくっと肩を落とす琉花ちゃん。
でも、すぐに顔を上げて、にっと笑った。
接客スマイルじゃない。
素の、いたずらっぽい笑顔だった。
「でも、君島さんに『よかった』って言われたの、めっちゃ嬉しいかも♡」
「……そっか」
「うん。だって、君島さん、お世辞言うタイプじゃなさそうだから」
「失礼な」
「褒めてます褒めてます」
二人で、ちょっと笑った。
朝のコンビニで見る琉花ちゃんと、昼の駅前で見る琉花ちゃんは、全然違う。
でも、どっちも、同じくらい——目が離せなかった。
ギターをケースにしまいながら、琉花ちゃんが言った。
「あ。わたし、これから夜勤明けの朝ごはん食べに行くんですけど」
「朝ごはん? もう昼だけど」
「夜勤明けは、何時に食べても朝ごはんなんです。これ、夜勤バイトの掟」
「掟なんだ」
「掟です。……あの、よかったら、一緒に行きません? 近くに、すっごい良い喫茶店があるんです♡」
その誘いに、断る理由なんて、一つもなかった。
「……行く」
「ほんと!? やった♡」
琉花ちゃんが案内してくれたのは、銭湯のすぐ近く。
昭和の匂いがする、老舗の喫茶店だった。
赤いビロードの椅子。木目のテーブル。
カウンターの奥で、白髪のマスターが無言でコーヒーを淹れている。
「ここのモーニング、最高なんですよ♡」
ぷるぷるの厚焼き卵のサンド。
濃いめのブレンドコーヒー。
小さなサラダと、ミニサイズのプリン。
「……うま」
「でしょ? 夜勤明けにこれ食べるの、生きる理由レベル♡」
もぐもぐと頬張る琉花ちゃん。
接客のときの澄ました感じはどこにもなくて、ただの食いしん坊の女の子だった。
「水原さんって、いつから歌、やってんの?」
「琉花でいいですよ。水原さんって、なんかお客さん呼びみたいで♡」
「……じゃあ、琉花ちゃん」
「はい♡ えっとね、高校の頃から。ギター買って、ノートに歌詞書いて。それからずっと」
コーヒーを一口飲んで、琉花ちゃんが続けた。
「上京して、もう三年。事務所のオーディション、何回も受けてるんですけど……全部、落ちてて」
「……そっか」
「『悪くないけど、刺さらない』って毎回言われるんです。それな、って感じなんですけど」
ふっと、寂しそうに笑う。
でも、すぐに目に力を込めて。
「でも、わたし、歌うの好きだから。やめる気、ないんです。デモも、コツコツ作ってて」
スマホを取り出して、イヤホンの片方を俺に差し出した。
「これ、最新のやつ。聞いてみてください」
イヤホンから流れてきたのは、あの透き通った声。
弾き語りに、シンプルな打ち込みが重なっている。
夜の街を歩く、誰かの孤独を歌った曲だった。
「……いいじゃん。すごく」
「ほんと?♡」
「うん。なんか……俺の、終電の帰り道みたいだなって思った」
その瞬間、琉花ちゃんの目が、きらっと光った。
歌と曲の話になると、目の色が変わる。
「それ、すっごい嬉しい。曲って、誰かの生活に重なった瞬間が、一番うれしいんです♡」
身を乗り出して、早口で語る琉花ちゃん。
歌詞のこと、メロディのこと、ライブのこと。
夢中で話すその姿が、たまらなく眩しかった。
それから、夜勤明けの朝ごはんは、二人の定番になった。
琉花ちゃんが夜勤の朝、駅前で練習を終えると、俺にLINEが来る。
『朝ごはん、行ける?』
俺は会社に行く前の一時間を、その喫茶店に充てるようになった。
寝不足でも、不思議と平気だった。
厚焼き卵のサンドと、濃いコーヒーと、琉花ちゃんの歌の話。
それが、新しい息抜きになっていた。
「最近、仕事のあとも、なんか元気なんだよな」
「えー、なんでだろ♡」
「……お前のせいだろ」
「わたしのせい!? ふふ、それ、責任重大じゃないですか♡」
くすくす笑う琉花ちゃん。
その笑い方が、好きだった。
接客スマイルじゃない、素の、くしゃっとした笑顔。
五月の終わり。
その朝、喫茶店で、琉花ちゃんが一枚のチケットを差し出した。
「これ。来週の土曜、ライブハウスでワンマンやるんです」
「ワンマン?」
「はい。初めての、自分一人だけのライブ。小さいハコだけど」
緊張した顔で、琉花ちゃんが言った。
「来て、ほしいなって。……君島さんに、一番、聞いてほしくて」
その「一番」に、心臓が跳ねた。
「……行くに決まってるだろ」
「ほんと!? よかったぁ♡」
ほっとしたように、琉花ちゃんが笑った。
ライブ当日。
俺は仕事を定時で切り上げて——人生で初めて定時で帰った——
駅前の、小さなライブハウスに向かった。
地下に降りる階段。重い扉。
中は薄暗くて、四十人も入ればいっぱいの、こぢんまりとした空間。
ステージにスポットライトが当たって、琉花ちゃんが現れた。
いつものパーカーじゃない。
白いワンピースに、ギター。
照明を浴びて、別人みたいに、綺麗だった。
「来てくれて、ありがとうございます。水原琉花です」
一曲目。二曲目。
デモで聞いた曲。初めて聞く曲。
琉花ちゃんの歌声が、狭いハコいっぱいに広がる。
声が伸びるたびに、空気が震える。
(……かっこいい。本当に、かっこいい)
そして、ライブの終盤。
琉花ちゃんが、マイクの前で、ふっと息をついた。
「……次の曲は、新曲です」
ざわ、と客席が小さく沸く。
「最近作った曲で。実は、これ、ある人のことを思って書きました」
ぎゅっと、ギターを抱え直す琉花ちゃん。
スポットライトの中で、その目が、まっすぐ客席の——俺の方を、見た。
「タイトルは……『23時半の人』」
心臓が、止まった。
23時半。
毎晩、俺がレジの前に立つ、あの時間。
イントロが始まる。
そして、歌詞が——俺のことだった。
終電に潰された夜。
「お疲れ様です」の一言。
レシートの裏の、小さなおすすめ。
ホットミルクの、湯気。
全部、全部、俺と琉花ちゃんの、あの夜のことだった。
(……これ)
胸の奥が、ぎゅうっとなった。
琉花ちゃんの声が、震えながらも、まっすぐ伸びていく。
サビの一節。
「毎晩 同じ時間に 笑ってくれた あなたが わたしの 歌になった」
涙が、出そうになった。
二十七にもなって、ライブハウスで、ギターの弾き語りで、泣きそうになっていた。
歌が終わった。
ハコ中が、割れんばかりの拍手に包まれる。
ステージの上の琉花ちゃんが、こっちを見て——
照れたように、にっと笑った。
ライブが終わって、打ち上げ。
近くの居酒屋で、出演者やスタッフと飲んだ。
みんなが帰り始めて、気づけば、俺と琉花ちゃんだけが残っていた。
「……今日、来てくれて、ほんとにありがとうございました」
「いや。来てよかった。……というか」
「あの曲。『23時半の人』」
「……っ」
琉花ちゃんが、ぴくっと肩を揺らした。
頬が、みるみる赤くなっていく。
「あれ、俺のこと、だよな」
「……バレました?」
「バレバレだよ」
「うぅ……それな……」
両手で顔を覆う琉花ちゃん。
ライブのときの堂々とした姿はどこにもなくて、いつもの、照れた女の子に戻っていた。
「あの夜、君島さんがイートインでぼろぼろになってて。ホットミルク出したとき、わたし、ほっとけないなって思って」
指の隙間から、こっちを見る。
「それから、君島さんが毎晩来てくれるの、すっごい楽しみで。レシートにメモ書くの、夜勤のいちばんの楽しみになってて」
「……俺も。あのメモ、全部、財布に入れて持って帰ってた」
「えっ。全部!?」
「全部」
「……うわ。なにそれ、嬉しすぎるんですけど」
ふにゃっと、琉花ちゃんの顔が崩れた。
潤んだ目で、まっすぐ俺を見る。
「あの曲、書いてる途中で気づいたんです。……あ、わたし、この人のこと、好きなんだって」
時間が、止まった気がした。
「……琉花ちゃん」
「夜勤明けの朝ごはんも、ライブに呼んだのも。全部、君島さんと、もっと一緒にいたかったから」
居酒屋の喧騒が、遠くなる。
俺は、琉花ちゃんの目を、まっすぐ見て言った。
「俺も。……毎晩、あのコンビニに寄るの、最初は息抜きだったけど。途中から、琉花ちゃんに会いに行ってた」
「……っ」
「『お疲れ様です』の一言で、その日のしんどさが、全部溶けてた。……ずっと、好きだったんだと思う」
琉花ちゃんの目から、ぽろっと涙がこぼれた。
「……っ、ずるい。わたしより先に言うの、ずるい……っ」
「ごめん」
「謝らないでください……嬉しいんだから……っ」
涙を拭いながら、ぐしゃぐしゃの顔で笑う琉花ちゃん。
その顔が、世界で一番、可愛いと思った。
店を出て、夜風の中を、二人で歩いた。
自然と、手が繋がっていた。
「……ねえ、君島さん」
「ん?」
「うち、ここからすぐなんですけど。……来ます?」
潤んだ目で、上目遣いに俺を見る琉花ちゃん。
その目に、嘘はなかった。
「……いいの?」
「いいんです。っていうか……来てほしい♡」
きゅっと、繋いだ手に力がこもった。
琉花ちゃんの部屋は、駅から歩いて七分の、古いアパートの二階だった。
ドアを開けると——
そこは、ギターと、機材で埋め尽くされていた。
アコギが二本。エレキが一本。
小さなミキサー。マイクスタンド。
壁には、歌詞を書いた紙が、何枚も貼ってある。
「……すごい部屋だな」
「散らかってて、すみません。これでも片付けたんですよ?♡」
ギターケースを端に寄せて、琉花ちゃんが座る場所を作ってくれる。
その背中を見ながら、俺の心臓は、もう、うるさいくらいに鳴っていた。
「あの……飲み物、出しますね。えっと——」
振り向いた琉花ちゃんの手を、そっと取った。
「……いらない」
「……っ」
琉花ちゃんが、息を呑む。
そのまま、ゆっくりと引き寄せて——唇を重ねた。
ちゅっ。
「ん……♡」
最初は、触れるだけの、軽いキス。
琉花ちゃんの唇は、柔らかくて、ほんのり甘い。
少し離れて、目を合わせる。
頬を真っ赤にした琉花ちゃんが、潤んだ目で俺を見上げていた。
「……もう一回、いい?」
「……はい♡」
今度は、もっと深く。
ちゅっ……ちゅる……♡
琉花ちゃんの唇が薄く開いて、俺の舌先がそっと触れる。
応えるように、琉花ちゃんの舌が、おずおずと絡んでくる。
ちゅるっ、ちゅっ、ちゅるるっ♡
機材だらけの狭い部屋に、湿ったキスの音が響く。
「んっ……♡ はぁ……♡ 君島さん……♡」
「……陽介でいいよ」
「……陽介、さん♡」
「さんもいらない」
「……陽介♡」
その呼び方が、くすぐったくて、甘くて、たまらなかった。
「うん♡」
嬉しそうに笑って、琉花ちゃんがまた唇を寄せてくる。
ちゅっ♡ ちゅるっ♡ んっ♡
キスをしながら、俺は琉花ちゃんの背中に手を回した。
パーカー越しの、細い背中。
ぎゅっと引き寄せると、琉花ちゃんの体が、俺の胸に密着した。
思ったより、柔らかかった。
「ん……♡♡」
小さく声を漏らす琉花ちゃん。
キスが深くなる。舌と舌が絡んで、甘い唾液が混ざる。
ちゅるっ♡ ちゅぷっ♡ んんっ♡♡
「……パーカー、脱がしていい?」
「……うん♡」
オーバーサイズのパーカーを、頭から抜く。
その下から現れたのは、白いキャミソール。
そして——思ったよりずっと豊かな、胸の膨らみ。
キャミの薄い生地が、ぱつんと張っている。
「……意外と」
「言わないでください……♡ パーカーで隠してるだけです……っ」
恥ずかしそうに、両腕で胸を隠す琉花ちゃん。
でも、その腕を、そっと外させた。
「隠さないで。……綺麗だから」
「……もう♡」
キャミの肩紐に指をかけて、つっと下ろす。
ぷるん、と。
ブラに包まれた胸が、揺れた。
淡いブルーの、シンプルなブラ。
その縁から、白い柔肌がむにゅっとはみ出している。
「……」
「そんなに見ないでくださいってば……♡」
「無理。可愛すぎる」
背中に手を回して、ブラのホックを外す。
かちり。
肩紐が滑り落ちて——
ふるんっ♡
解放された胸が、ぷるんと弾んだ。
形のいい、ハリのある膨らみ。
頂点には、薄いピンクの先端が、つんと立ち上がっている。
「……綺麗だ」
「……っ、ばか♡」
両手で、その胸を包み込んだ。
むにゅうっ♡
「あっ♡♡」
指が、沈み込む。
しっとりした柔らかさが、手のひらに吸い付いてくる。
もちもちと弾んで、指の間から白い肉がこぼれる。
むにゅ♡ むにゅ♡ むにゅむにゅっ♡
「んっ♡ あっ♡ 陽介……♡ それ、気持ちいい……♡」
揉むたびに、琉花ちゃんの口から、甘い声が漏れる。
歌うときの、あの透き通った声とは、また違う。
もっと、無防備で、もっと、生々しい声。
「……声、エロいな」
「言わないで……っ♡ 恥ずかしいから……っ」
両手で交互に、リズムよく揉みしだく。
むにゅっ♡ むにゅっ♡ むにゅっ♡♡
「ひゃっ♡ やぁっ♡ そんなに揉んだら……♡」
「ここは?」
親指で、つんと立った先端を、くりっと撫でた。
「ひゃんっ♡♡」
琉花ちゃんの体が、びくんと跳ねた。
「そこっ……♡ 弱いの……っ♡」
ツンと尖った先端を、指先でくりくりと転がす。
「やぁっ♡♡ んんっ♡♡ 陽介っ♡♡ そこぉっ♡♡」
我慢できなくなって、左の先端に、唇をかぶせた。
ちゅうっ♡
「ひあっ♡♡♡」
琉花ちゃんの手が、俺の頭をぎゅっと抱え込んだ。
柔らかい胸に、顔が埋もれる。
甘い匂いが、鼻をくすぐった。
ちゅるっ♡ れろっ♡ ちゅっ♡
舌先で先端を弾きながら、もう片方の胸を、手で揉み続ける。
「あっ♡♡ んんっ♡♡ 陽介、上手っ……♡♡」
交互に、吸って、舐めて、揉んで。
「はぁっ♡ はぁっ♡ なんか、頭、ぼーっとする……♡♡」
琉花ちゃんの体が、どんどん熱くなっていく。
ちゅう♡ ちゅるっ♡ むにゅっ♡♡
「んあっ♡♡ もう……♡ 陽介のせいで、変になっちゃう……♡♡」
ふと、琉花ちゃんの手が、俺のズボンに伸びてきた。
もっこりと膨らんだそこを、おそるおそる、指でなぞる。
「……陽介、ここ……すごいことになってる♡」
「……お前のせいだろ」
「えへへ♡ ……わたしも、見ていい?」
ジッパーに、細い指がかかる。
するすると下ろして、下着の上から、形をなぞった。
「おっきい……♡♡ こんなの、入るのかな……♡」
下着の中に手を入れられて、直接、握られた。
「……っ」
琉花ちゃんの手は、思ったよりしっかりとした力で、俺のものを包み込んだ。
「あつい……♡ すごく、硬い……♡」
にぎにぎっと握りながら、ゆっくり上下に動かしてくれる。
「琉花ちゃん……っ」
「ねえ、陽介♡」
琉花ちゃんが、俺の前に、すっとしゃがみ込んだ。
潤んだ瞳が、下から見上げてくる。
「……お口で、してあげたい♡」
そう言って、琉花ちゃんは、俺のものに唇を寄せた。
ちゅっ♡
先端に、柔らかいキスが落とされる。
「ん……♡ 陽介の匂い、する……♡」
ちろっと舌先が出て、先端を舐める。
れろっ♡ ちろっ♡
「……っ」
「気持ちいい?♡」
「……やばい」
琉花ちゃんが嬉しそうに微笑んで——ぱくっと、口に含んだ。
「んんっ♡♡」
温かくて、湿った口の中に、包まれる。
じゅるっ♡ ちゅぷっ♡
琉花ちゃんの舌が、絡みつきながら、上下に動く。
「じゅるるっ♡ んっ♡♡ んんっ♡♡」
ショートボブが、揺れる。
その隙間から、蕩けたような目が、俺を見上げていた。
「琉花ちゃん……上手すぎる……っ」
「んふふ♡ じゅるっ♡ ちゅるるっ♡♡」
嬉しそうに目を細めながら、さらに深く、くわえ込んでくる。
じゅぽっ♡ じゅるっ♡ ちゅぷっ♡♡
「ぷはっ♡ 陽介の……美味しい♡」
一度口を離して、裏筋を下から上へ、つーっと舐め上げる。
「ね、知ってます? 歌うとき、喉と口、すっごい使うんです♡」
「……っ、それ、今言う?」
「だから……お口、得意なんですよ♡」
そう言って、また深くくわえ込む。
頬をへこませて、強く吸い上げてくる。
ちゅぱっ♡ じゅるっ♡ ちゅぷちゅぷ♡♡
「っ、それ、やばい……」
舌が先端をくるくる舐め回しながら、根本を手でしごく。
二重の刺激に、腰が砕けそうになる。
「じゅるるっ♡♡ んっ♡♡ ぴくぴくしてる♡♡」
上目遣いのまま、琉花ちゃんが、リズムよく頭を動かす。
「琉花ちゃん……そろそろ、まずい……っ」
「ん……♡ 出して、いいよ♡ でも——」
ぷはっ、と口を離した琉花ちゃんが、潤んだ目で言った。
「最初は、陽介と、ちゃんと繋がりたい♡」
その言葉だけで、頭が真っ白になりそうだった。
「……俺も」
琉花ちゃんを、機材を避けて、ベッドに横たわらせた。
シングルベッドの、シーツの上。
デニムのボタンを外して、ゆっくり脱がせる。
下着は、ブラとお揃いの、淡いブルー。
そして、その中心が——じっとりと濡れて、布地が肌に張り付いていた。
「……もう、こんなに」
「だって……♡ 陽介に、あんなにされたから……♡ ずっと、変な感じだったんだもん♡」
恥ずかしそうに、太ももを擦り合わせる琉花ちゃん。
下着に指をかけて、ゆっくり引き下ろす。
「ん……♡」
露わになった秘所は、もう、とろとろに濡れていた。
部屋の薄明かりに照らされて、蜜が、てらてらと光っている。
「……すごい濡れてる」
「言わないで……っ♡ 恥ずかしい♡」
両手で顔を覆う琉花ちゃん。
その太ももを、そっと開く。
間に体を入れて、先端を、入口にあてがった。
ぬるっ、とした感触。
「……入れるよ」
「……うん♡ 来て♡」
ずぷっ♡
「あっ♡♡♡」
中に入った瞬間、琉花ちゃんの体が、びくんと震えた。
「あついっ……♡♡ 陽介の……奥まで、来てる……♡♡」
ゆっくりと、奥まで進めていく。
ずぶ♡ ずぶ♡ ずぶっ♡♡
「んんっ♡♡♡ おっきい……♡♡ いっぱい……♡♡」
琉花ちゃんの中は、信じられないくらい熱くて、きつくて、とろとろだった。
絡みつくように、ぎゅうっと締め付けてくる。
「……琉花ちゃん、めちゃくちゃ気持ちいい」
「わたしも……っ♡♡ 陽介ので、いっぱいになってる♡♡」
正常位。
琉花ちゃんの顔が、目の前にある。
赤く上気した頬。潤んだ瞳。半開きの唇。
その全部が、たまらなく愛おしい。
唇にキスをしながら、ゆっくり、腰を動かし始めた。
ちゅっ♡ ぱんっ♡
「んむっ♡♡」
ぱんっ♡ ぱんっ♡
「んっ♡ あっ♡ あんっ♡♡」
奥を突くたびに、琉花ちゃんが甘い声をあげる。
ぱんぱんぱんっ♡♡
「あっ♡ あっ♡ あっ♡♡ 陽介っ♡♡ 気持ちいいっ♡♡」
突くたびに、琉花ちゃんの胸が、たゆんたゆんと揺れる。
その揺れを見ながら、腰を動かす。
「琉花ちゃんの中……やばい……最高だ……」
「んっ♡♡ そんなこと言われたら……もっと、よくなっちゃう♡♡」
琉花ちゃんの腕が、俺の首に回された。
足も、腰に絡みついてくる。
「もっと……奥、来て……♡♡」
ずぱんっ♡♡
「ひゃあっ♡♡♡ そこっ♡♡ そこ、当たってるっ♡♡♡」
奥の、一番いいところに当たったみたいだ。
琉花ちゃんの中が、きゅうっと締まった。
「ここ?」
ずぱんっ♡♡
「そこぉっ♡♡♡ やっ♡♡ すごいのっ♡♡♡」
同じ場所を、何度も突く。
ぱんっ♡ ぱんっ♡ ぱんっ♡ ぱんっ♡♡
「あっあっあっ♡♡ 陽介っ♡♡ もっとっ♡♡ もっと、激しくっ♡♡♡」
言われるままに、腰の動きを速める。
ぱんぱんぱんぱんっ♡♡♡
「んあぁっ♡♡♡ やばっ♡♡ 頭、真っ白になるっ♡♡♡」
琉花ちゃんの中が、どんどんきつくなっていく。
古いベッドが、ぎしぎし軋む。
機材だらけの部屋に、肉のぶつかる音と、水音が響く。
「琉花ちゃん……中、すごい締まってる……っ」
「だってっ♡♡ 陽介ので、いっぱいなんだもんっ♡♡♡」
ぱんっ♡♡ ぐちゅっ♡♡ ぱんっ♡♡ ぬちゅっ♡♡
「あっ♡♡ もうっ♡♡ イクっ♡♡ イっちゃうっ♡♡♡」
「俺も……っ」
「中はっ……♡♡ まだ、ダメっ……♡♡ お腹の上に、ちょうだいっ♡♡♡」
「……っ、わかった」
ぱんぱんぱんぱんっ♡♡♡♡
「っ——出る、琉花ちゃんっ……!」
「きてっ♡♡♡ イクッ♡♡♡♡」
ぎりぎりで引き抜いて——
びゅるるるっ♡♡♡♡
どぴゅっ♡ びゅるっ♡♡
白い液体が、琉花ちゃんの平らなお腹の上に、飛び散った。
「あっ♡♡♡ あったかい……♡♡ いっぱい、出たね♡♡」
びくんびくん、と。
琉花ちゃんの体が、達したように、小さく痙攣する。
「はぁっ……はぁっ……♡♡ すごかった……♡♡」
潤んだ目で、こっちを見上げる琉花ちゃん。
お腹を白く汚されて、髪を乱して、蕩けた顔で笑っている。
(……こんな光景、現実でいいのか)
ティッシュで、そっとお腹を拭う。
琉花ちゃんが、その手をきゅっと掴んだ。
「……ねえ、陽介♡」
「ん?」
「まだ……終わりじゃ、ないよね♡?」
潤んだ瞳が、まっすぐ俺を見つめる。
その視線だけで、出したばかりなのに、また硬くなっていくのがわかった。
「……当たり前だろ」
「えへへ♡ じゃあ、今度は——」
琉花ちゃんが、むくっと起き上がる。
そして、俺を、そっと仰向けに押し倒した。
「わたしが、上♡」
俺の腰に、ぺたんと跨がる。
目の前で、形のいい胸が、ふるんと揺れた。
「……エロいな、その体勢」
「やらしい目で見ないでください♡♡」
そう言いながら、琉花ちゃんは、自分で位置を合わせた。
先端が入口に触れた瞬間、びくっと震える。
「ん……♡♡」
ゆっくりと、腰を下ろしていく。
ずぷっ♡ ずずずっ♡ ずぷんっ♡♡
「んあぁぁっ♡♡♡ 奥まで、来たっ♡♡♡」
重力で、さっきより深く繋がった。
俺の上で、琉花ちゃんが、はぁ、と息をつく。
「この角度……♡ さっきと、違うとこ当たる……♡♡」
ゆっくりと、腰を上下に動かし始める。
ずちゅっ♡ ぬぷっ♡ ずちゅっ♡
「あっ♡♡ ん♡♡ はぁっ♡♡♡ 気持ちいい……♡♡」
動きが、どんどん大胆になっていく。
胸が、たぷんたぷんと揺れて、白い肌が、薄っすらピンクに上気する。
ぱちゅっ♡ ぬちゃっ♡ ずちゅずちゅっ♡♡
下から、ぐっと突き上げた。
どんっ♡
「ひゃぁっ♡♡♡」
琉花ちゃんが、仰け反る。
両手で腰を掴んで、下からのピストンを加速させた。
揺れる胸を、下から鷲掴みにして、揉みながら突き上げる。
むにゅっ♡ ぱんっ♡ むにゅっ♡♡
「やっ♡♡♡ 下からっ♡♡♡ そんなにされたらっ♡♡♡♡」
「琉花ちゃん……っ、可愛すぎる」
「もうっ♡♡ わたしっ♡♡ また、イっちゃうっ♡♡♡」
琉花ちゃんが、前のめりに倒れ込んでくる。
胸が、俺の顔に押し付けられた。
ぷっくりした先端を、ぱくっと口に含む。
ちゅるっ♡
「あーーっ♡♡♡♡」
舌で転がしながら、下から、激しく突き上げる。
ぱんぱんぱんぱんっ♡♡♡♡
「陽介っ♡♡♡ もうっ♡♡♡ 限界っ♡♡♡♡」
「俺も……っ、また出そう……っ」
「今度は……っ♡♡♡ 中で、感じたいっ♡♡♡ でも、お腹に……っ、一緒に、いこっ♡♡♡♡」
琉花ちゃんが、自分から、激しく腰を打ち付けてくる。
ぱんぱんぱんぱんぱんっ♡♡♡♡♡
「っ——出る、琉花ちゃんっ……!」
「きてっ♡♡♡♡♡ イクっ♡♡♡♡♡」
ぎりぎりで、琉花ちゃんが腰を浮かせる。
びゅるるるるっ♡♡♡♡♡
どぴゅっ♡ びゅるっ♡ どくっ♡♡♡
二回目の熱が、琉花ちゃんのお腹と、胸元に、飛び散った。
「あぁぁっ♡♡♡♡ また、いっぱいっ♡♡♡♡」
びくんびくんびくん、と。
琉花ちゃんの体が、大きく痙攣する。
そのまま、俺の上に、ぐったりと崩れ落ちてきた。
「はぁっ……はぁっ……♡♡」
「はぁ……はぁ……すごかった……♡♡」
二人とも、汗だくだった。
機材だらけの狭い部屋に、荒い息だけが響いている。
俺は、琉花ちゃんの汗ばんだ背中を、そっと撫でた。
「……陽介、最高だった♡」
「俺も。……めちゃくちゃ」
しばらく、そのまま、抱き合っていた。
汗が引いて、呼吸が落ち着いていく。
琉花ちゃんが、俺の胸に頬を寄せて、ぽつりと言った。
「……夢みたい。23時半の人が、ほんとに、わたしの隣にいる♡」
「……夢じゃないよ」
「うん。……えへへ♡」
ぎゅっと、抱きついてくる琉花ちゃん。
その温もりを抱きしめながら、俺も、ゆっくり目を閉じた。
——朝。
カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいた。
ぽろん、と。
ギターの音で、目が覚めた。
体を起こすと、ベッドの端に、琉花ちゃんが座っていた。
俺のシャツを一枚だけ羽織って、膝にギターを乗せて。
朝の光を浴びながら、ぽろぽろと、コードを爪弾いている。
「……おはよ」
「あ。起こしちゃった? ごめんなさい♡」
振り向いた琉花ちゃんが、にこっと笑う。
すっぴんの、朝の顔。
それが、たまらなく綺麗だった。
「朝、起きたら、なんか、メロディが降りてきちゃって」
「曲、作ってたの?」
「うん♡ ……ねえ、陽介」
ギターを抱えたまま、琉花ちゃんが、ちょっと照れた顔で言った。
「『23時半の人』の、続きの曲、作ろうと思うんです」
「続き?」
「うん。……その、次の曲のタイトル」
ぽろん、と。
ギターを、一つ鳴らして。
琉花ちゃんが、上目遣いに、俺を見た。
「タイトル、『彼氏』にしても、いい……?♡」
時間が、止まった。
その意味を理解した瞬間、胸の奥が、ぎゅうっとなった。
「……それって」
「……ちゃんと、言わせてください♡」
ギターを置いて、琉花ちゃんが、俺の手をきゅっと握る。
赤い顔で、でも、まっすぐな目で。
「陽介。わたしと、付き合ってください♡」
朝の光の中、その言葉が、まっすぐ俺に届いた。
「……こっちこそ。よろしく」
頷くと、琉花ちゃんの顔が、ぱあっと輝いた。
「やった……っ♡♡ やったぁ♡♡」
ギターを横に倒して、琉花ちゃんが飛びついてくる。
シャツ一枚の、柔らかい体が、全身に押し付けられた。
「えへへ♡ じゃあ、決定♡ 次の曲、『彼氏』♡」
「……歌詞、また俺のこと書くのか」
「もちろん♡ わたしのいちばんの、ネタ元なんだから♡」
くしゃっと笑う琉花ちゃん。
接客スマイルじゃない、素の、最高の笑顔だった。
その夜から、俺の「23時半」は、変わった。
仕事帰り、いつものコンビニに寄る。
ぴんぽーん。
「いらっしゃいませ♡ あ、君島さん。お疲れ様です♡」
レジの向こうで、琉花ちゃんが笑う。
店では、相変わらず、ぴしっとした明るい敬語。
俺も、お客さんの顔で、カゴを差し出す。
「……どうも。お疲れ様」
「七百四十円になりまーす。ピッとお願いします♡」
電子マネーをかざす。
レシートを受け取って、裏を返すと。
丸っこい、可愛い字で。
『夜勤明けの朝ごはん、いつもの喫茶店で。— 彼女より♡』
その「彼女より」に、思わず、口元がゆるんだ。
「……これ、書くの、まだ続けるんだ」
「当たり前です♡ わたしの、夜勤のいちばんの楽しみなんだから♡」
くすっと笑う琉花ちゃん。
店を出る。
ぴんぽーん。
夜風が、頬に当たる。
でも、もう、寒くなかった。
明日の朝、夜勤明けの琉花ちゃんと、あの喫茶店で朝ごはんを食べる。
厚焼き卵のサンドと、濃いコーヒーと、彼女が作りかけの新曲の話。
そして、いつか——
『23時半の人』が満員のライブハウスで歌われる日を、
一番近くで見届けるんだ。
レシートを、財布に大事に挟む。
俺は、星の出ていない夜空を見上げて、軽い足取りで歩き出した。
毎晩の23時半が、世界で一番、好きな時間になった。
― 終 ―