雨の日のコインランドリーで毎週会う美人と乾燥機の40分で恋に落ちた話

2026.06.12NEW

32分で読了

俺、三好蒼太、25歳。

会社員。先月まで独身寮にいたんだけど、年齢制限で出されて、今は駅から十五分の古いアパートで一人暮らしをしている。

引っ越しで金を使い切って、洗濯機をまだ買えていない。

だから毎週日曜の夜、コインランドリーに通っている。

住宅街のはずれにある、小さなコインランドリー。

ガラス張りの正面に、白い蛍光灯。中には洗濯機が六台、乾燥機が四台。

日曜の夜は人が少なくて、たいてい俺ともう一人くらいしかいない。

そして——その「もう一人」が、ずっと気になっている。

毎週日曜、夜の九時。

俺が洗濯物を抱えて入っていくと、いつもその人が、奥のベンチに座って本を読んでいる。

大きめのグレーのパーカー。すっぴんに、細いフレームの眼鏡。

肩につくくらいの黒髪を、ゆるく一つに結んでいる。

文庫本を膝に立てて、静かにページをめくっている横顔。

歳は、たぶん俺と同じか、少し下くらい。あとで聞いたら二十四だった。

(……綺麗な人だな)

最初は、ただそう思っただけだった。

化粧っ気はないし、服も飾らない部屋着みたいな格好。

でも、その分、肌の白さとか、伏せたまつ毛とか、そういうものがやけに目につく。

乾燥機が回る、ごおんごおんという低い音。

そこに、ふわっと柔軟剤の甘い香りが混じる。

その香りの中で本を読んでいる横顔が、毎週、少しずつ気になっていった。

(あの人、なんの本を読んでるんだろう)

声をかける勇気なんて、もちろんない。

俺は手前の洗濯機に洗濯物を放り込んで、回し終わるまでスマホをいじって時間を潰す。

洗濯が四十分。乾燥が四十分。

その間、同じ空間に二人きり。

でも、会話はゼロ。

毎週、それの繰り返しだった。

六月に入って、梅雨が始まった。

その日曜も、朝から細かい雨が降っていた。

夜九時、傘を差してコインランドリーに着くと、案の定、奥のベンチに彼女がいた。

今日もグレーのパーカー。膝の上には、分厚めの文庫本。

俺は会釈して、いつものように洗濯機を回した。

四十分後、乾燥機に移そうとして——気づいた。

四台ある乾燥機のうち、三台が回っている。

空いているのは、一番奥の一台だけ。

そしてその乾燥機の前に、彼女が洗濯カゴを持って立っていた。

俺と、ほぼ同時に。

「……あ」

小さな声だった。

ほんとうに、消え入りそうな声。

「あ、すみません。どうぞ」

「いえ……三好さ……えっと、そちらが先に」

「いや、俺はあとでいいんで。どうぞ」

「……でも」

彼女が、カゴを少し引いた。

「私、急いでないので……どうぞ、です」

その「です」が、文末でふっと消えた。

声が小さくて、語尾がうまく聞き取れないくらいだ。

「いやいや、ほんとに、どうぞ」

「……どうぞ」

「どうぞ」

「……」

二人して、空っぽの乾燥機の前で固まった。

譲り合いが、完全に膠着している。

その間抜けな状況に、先に彼女がふっと笑った。

口元を片手で押さえて、肩を小さく揺らして。

「……ふふっ。なんか、私たち」

「……ですね」

「じゃあ……一緒に、使いませんか。これ、大きいので」

たしかに、その乾燥機は一番大きいサイズだった。

二人分でも、たぶん入る。

「あ……いいんですか?」

「はい。たぶん、入るので……です」

俺は自分の洗濯物を、彼女の隣に詰めた。

彼女の洗濯物は、白いタオルとか、柔らかそうな部屋着とか。

その中に、ちらっと薄ピンクの何かが見えて、俺は慌てて目をそらした。

(見るな。見るな俺)

百円玉を入れて、ボタンを押す。

ごおん、と乾燥機が回り始めた。

四十分。

奇しくも、初めて、彼女と「同じ四十分」を共有することになった。

ベンチに、少し離れて並んで座る。

回る乾燥機を二人で眺めながら、最初は無言だった。

でも、せっかくの機会だ。

「あの……いつも、本読んでますよね」

「……あ、はい」

彼女がびくっと肩を揺らして、膝の文庫本をぎゅっと握った。

「うるさかった……ですか?」

「いや、逆です。静かで、いいなって。なんの本ですか?」

その瞬間。

彼女の表情が、ぱっと変わった。

「これは、植物の出てくる小説で。あの、舞台が小さな花屋さんなんですけど、季節ごとに違うお花が出てきて、その花言葉と登場人物の気持ちがリンクしてて——」

さっきまで消え入りそうだった声が、急に、すらすらと流れ出した。

「六月の章は、紫陽花なんです。紫陽花って、土の酸性度で色が変わるんですよ。だから『移り気』って花言葉もあるんですけど、たくさんの花が集まって咲くから『団欒』とか『家族』って意味もあって——」

目をきらきらさせて、早口で。

そのギャップに、俺は完全にやられた。

(え……めっちゃ喋るじゃん。可愛……)

「……あ」

彼女が、はっとして口を押さえた。

「ごめんなさい。私、お花とか本の話になると、止まらなくなっちゃって……です」

口元を押さえて、肩を揺らして笑う。

その笑い方が、また可愛かった。

「いや、全然。もっと聞きたいです」

「……ほんとですか」

「ほんとです」

乾燥機の音が、ごおんごおんと回っている。

四十分が、あっという間だった。

乾燥が終わって、二人で洗濯物を分ける。

ふわふわに乾いたタオルを畳みながら、彼女がぽつりと言った。

「私、綾瀬ひよりっていいます。あの……いつも、ここで」

「三好蒼太です。俺も、いつも見てました」

「……ふふ。知ってます」

知ってます、と言われて、心臓が跳ねた。

「え」

「あ、いえ。毎週いらっしゃるなって、思ってただけ……です」

ひよりさんが、慌てて顔を伏せた。

耳が、ほんのり赤い。

その夜、俺は妙にふわふわした気持ちで帰った。

雨はまだ降っていたけど、傘の中があったかかった。

それから、毎週日曜の夜九時が、変わった。

俺が入っていくと、ひよりさんがベンチから顔を上げて、小さく会釈してくれる。

「……こんばんは、です」

「こんばんは」

洗濯を回している間、隣に座って話す。

ひよりさんは相変わらず、本と花の話になると饒舌になる。

それ以外の話だと、消え入りそうな声でぽつぽつ喋る。

その落差が、毎週、俺を惹きつけていった。

ある日、俺は缶のココアを二本買って戻った。

「あの、これ。寒くないですか、ここ。冷房効きすぎてて」

「……え。いいんですか」

「ココアしかなくて。甘いの、苦手だったらすみません」

「……ううん。ココア、好きです」

ひよりさんが、両手で缶を受け取った。

冷えた指で、温かい缶をぎゅっと包んで。

「……あったかい」

ふわっと笑った。

その笑顔を見るために、俺は毎週ここに来てるんじゃないか。

(いや、洗濯機買えばいいだけなんだけど……)

でも、もう、洗濯機を買う気は完全に失せていた。

四回目か五回目の日曜。

俺は、ひよりさんがいつも読んでいる、あの花屋の小説を自分でも買って読んでみた。

そして、感想戦をした。

「あの、紫陽花の章、読みました」

「……え。読んだんですか?」

「わざわざ?」

「はい。ひよりさんが面白そうに話してたから。あの、主人公が雨の日に紫陽花を抱えて走るシーン、よかったです」

ひよりさんの目が、まんまるになった。

「あ……あそこ、私もいちばん好きで」

「雨に濡れた紫陽花って、色がすごく濃くなるんです。だから、あの場面の青、すごく鮮やかに想像できて——」

そこから、二人で一気に盛り上がった。

乾燥機の四十分が、まったく足りなかった。

「ひよりさん、こういうの詳しいですね。花の」

「……あ。それは、その」

ひよりさんが、ちょっと照れたように笑った。

「私、駅前の花屋さんで、働いてるので。です」

「え、花屋さん!?」

「はい。だから、お花のことになると、つい……」

駅前の花屋。

毎日通勤で前を通る、あの小さな店だ。

道理で、花の話になると別人みたいに喋るわけだ。

「すごい。だから詳しいんだ」

「ふふ。仕事だから、です」

口元を押さえて、肩を揺らして。

その笑い方が、もう、たまらなく好きだった。

五月——いや、もう六月の半ばだ。

ふと思い出して、俺はひよりさんの店に行ってみることにした。

母の日はとっくに過ぎていたけど、実家の母に、遅れて何か送ろうと思っていたのだ。

日曜の昼、駅前の花屋を覗くと。

「いらっしゃいませ——」

そう言いかけて、ひよりさんが固まった。

緑のエプロンを着けて、髪をきっちり結んで。

夜のコインランドリーで見る、部屋着のひよりさんとは、まるで別人だった。

背筋がぴんと伸びて、表情がきりっとしている。

接客モードの、プロの花屋の店員。

「……み、三好さん!?」

「あ、ども。母に花、送ろうと思って」

「ど、どうしてここに……」

「あ、いえ。お仕事中なので……えっと」

ひよりさんが、あたふたと髪を直した。

エプロンの胸元を、無意識にきゅっと握って。

その仕草に、不覚にもどきっとした。

(エプロン姿、やばいな……)

「あの、母にカーネーション、贈りたいんですけど」

その瞬間、ひよりさんの背筋が、しゃんと伸びた。

「カーネーションですね。お母様には、何色がお好みですか」

「赤は『母への愛』ですけど、ピンクは『感謝』と『温かい心』なんです。少し珍しい色だと、淡いオレンジで『純粋な愛』も——」

すらすらと、花言葉が流れ出す。

接客モードでも、花の話になると饒舌なのは同じだった。

ただ、声が消え入らない。きりっとしている。

その姿が、夜のひよりさんとは違って、すごく頼もしかった。

「じゃあ、ピンクで。感謝、伝えたいんで」

「……はい。素敵だと思います」

ひよりさんが、てきぱきと花を選び、丁寧にラッピングしていく。

指先が、迷いなく動く。

その手つきに、思わず見とれた。

包み終わって花束を渡すとき、ひよりさんがふっと表情をゆるめた。

接客の顔から、夜のひよりさんの顔に、一瞬戻って。

「……三好さんが、お母さんに花を贈るの。なんか、想像できます」

「優しい人だなって、思ってたので。です」

そう言って、口元を押さえて、肩を揺らして笑った。

俺は、その笑顔を店で見られたことが、なぜかすごく嬉しかった。

「ありがとうございます。また、夜に」

「……はい。日曜、九時に」

それからの一週間、俺はずっと、エプロン姿のひよりさんを思い出していた。

そして、迎えた日曜の夜。

朝から、ひどい雨だった。

天気予報は外れて、夕方から豪雨になった。

それでも洗濯物は溜まっていたから、俺は傘を差してコインランドリーへ向かった。

いつものように、ひよりさんがいた。

でも、今日は本を読んでいなくて、ガラス窓の外の雨を、ぼんやり眺めていた。

「こんばんは」

「……あ。三好さん。こんばんは、です」

ひよりさんが、ほっとしたように笑った。

「すごい雨ですね。誰も来ないかと思ってました」

「ですね。これ、帰り大変そうだ」

洗濯を回して、いつものように並んで座る。

その日のひよりさんは、なぜか少し、距離が近かった。

肩が触れそうなくらい。

花の話をして、本の話をして、笑って。

四十分があっという間に過ぎて、乾燥が終わった。

外を見ると、雨はさらに激しくなっていた。

横殴りの豪雨。ガラスを叩く雨粒の音が、すごい。

「やば。これ、傘あっても無理じゃないですか」

「……私、傘」

ひよりさんが、ばつが悪そうに俯いた。

「朝、曇ってたから……持ってこなくて。です」

「えっ、傘なしで?」

「はい……」

しかも、俺の傘も、さっき外を見たら骨が一本折れていた。

風で煽られたら、まともに差せそうにない。

二人で、ガラス越しの豪雨を見つめて、しばし沈黙。

「……ちょっと待ってください。隣のコンビニ、行ってきます」

「え?」

俺は折れた傘を差して、隣のコンビニに走った。

ビニール傘を一本、買って戻る。

「これ。一本しかなかったんですけど」

「え、わざわざ……お金、払います」

「いいですいいです。それより、これ一本だと」

俺は、言いかけて、口ごもった。

「……一緒に、入りませんか。途中まで」

ひよりさんが、ぱっと顔を上げた。

眼鏡の奥の目が、揺れている。

「……いいんですか」

「はい。びしょ濡れになるよりは」

「……じゃあ、お願い、します」

洗濯物の入った袋を、それぞれ抱えて。

俺がビニール傘を差して、ひよりさんが、その下にそっと入ってきた。

距離が、近い。

肩が、ぴったりくっつく。

ふわっと、柔軟剤の香りと、ひよりさん自身の甘い匂いがした。

(近い。近い近い)

外に出ると、雨が傘を激しく叩いた。

一本の傘の下、二人で身を寄せ合って歩く。

それでも、肩や腕は濡れた。

「……三好さん、肩、濡れてます」

「いいですよ。ひよりさん濡らすよりは」

「……」

ひよりさんが、少し、俺の方に体を寄せた。

傘の中の空気が、あったかい。

豪雨の中なのに、その狭い傘の下だけが、世界から切り離されたみたいだった。

「……こういうの、初めてです。相合傘」

「俺もです」

「ふふ。なんか……ドキドキしますね、です」

ぽつりと、そう言った。

その言葉に、俺の心臓も跳ねた。

ひよりさんのアパートは、コインランドリーから歩いて五分のところだった。

俺のアパートとは、駅を挟んで反対側。

「ここ、です。私の」

古い二階建てのアパートの、一階の角部屋。

玄関の前で、二人とも立ち止まった。

雨が、傘を叩き続けている。

「……あの」

ひよりさんが、洗濯物の袋を抱え直して、俯いた。

「ありがとうございました。傘、助かりました」

「いえ。じゃあ、また来週」

「……あの、その」

ひよりさんが、何か言いかけて、口ごもった。

雨の音の中、その小さな声が、消えそうになる。

「……お茶、」

「え?」

「……」

ひよりさんが、ぎゅっと唇を結んで、首を振った。

「……なんでもない、です。気をつけて、帰ってください」

「……あ、はい。おやすみなさい」

「……おやすみなさい」

ドアが閉まる。

俺は、傘を差したまま、その場にしばらく立ち尽くした。

(今、なんて言いかけたんだ……)

お茶、と聞こえた気がした。

でも、聞き返す勇気がなかった。

雨の中を一人で帰りながら、ずっとそのことばかり考えていた。

そして、それは、向こうも同じだったらしい。

その一週間、俺は完全に消化不良だった。

仕事中も、あの「お茶、」の続きが気になって、何度もため息をついた。

(言えばよかった。俺から、お茶どうですかって)

後悔しても、もう遅い。

次の日曜まで、長い長い一週間だった。

そして——日曜の夜。

雨は、霧雨くらいに収まっていた。

俺がコインランドリーに入ると、ひよりさんはもう来ていた。

でも、今日は本を持っていなかった。

膝の上で、両手をぎゅっと握って。

何かを、決意したような顔で、俺を待っていた。

「……こんばんは」

「こんばんは、です」

俺は洗濯物を回して、いつものように隣に座った。

しばらく、二人とも無言だった。

ごおん、と乾燥機の回る音だけが響く。

先に口を開いたのは、ひよりさんだった。

「……三好さん」

「はい」

「先週、私……」

ひよりさんが、ぎゅっと拳を握った。

膝の上で、その手が小さく震えている。

「言いかけて、言えなかったこと、あって」

「……はい」

「ずっと、後悔してて。一週間、ずっと……です」

俺は、息を呑んだ。

ひよりさんが、勇気を振り絞るように、顔を上げた。

眼鏡の奥の目が、まっすぐ俺を見ている。

頬が、ほんのり赤い。

「あの……乾燥機が回ってる、間だけ」

「……うち、来ませんか」

「すぐそこ、なので。です」

声は震えていたけど、その言葉は、はっきりと聞こえた。

俺の心臓が、爆発しそうに跳ねた。

「……いいんですか」

「……はい。先週、言えなかったから」

「今週は、言おうって、決めてて」

ひよりさんが、消え入りそうな声で、でも、ちゃんと言った。

そして、口元を押さえて、肩を揺らして、照れたように笑った。

その笑顔に、もう、心を奪われた。

「……行きます。ぜひ」

俺たちは乾燥機をセットして、雨上がりの夜道を歩いた。

霧雨の中、二人で並んで。

今日は傘がいらないくらいの、細かい雨。

それでも、肩がときどき触れた。

ひよりさんのアパートに着いて、玄関のドアが開く。

「……どうぞ。狭いですけど」

「お邪魔します」

部屋に入って、まず目に入ったのは、壁一面の本棚だった。

びっしりと並んだ文庫本。

そして、窓辺に、小さな花の鉢がいくつも並んでいる。

紫陽花の鉢もあった。

「すごい。本と、花だらけだ」

「……えへへ。好きなもの、ばっかりで」

ひよりさんが、お茶を淹れてくれた。

二人で、小さなテーブルを挟んで座る。

「これ、全部読んだんですか?」

「本棚の」

「はい。二回ずつくらい、読んでます」

そこから、また本の話と、花の話になった。

ひよりさんが、本棚から一冊抜いて、これも好き、これも好きと、目をきらきらさせて喋る。

窓辺の紫陽花の世話の仕方を、身振り手振りで説明する。

その姿が、可愛くて、可愛くて。

気づけば、乾燥機の四十分なんて、とっくに過ぎていた。

「……あ。乾燥機」

「……ふふ。もう、終わってますね」

ひよりさんが、本を膝に置いて、俺を見た。

その目が、いつもより、潤んでいた。

「……でも」

「まだ、帰ってほしくない、です」

部屋が、しんと静かになった。

雨の音だけが、窓の外から微かに聞こえる。

ひよりさんの頬が、真っ赤に染まっている。

「……ひよりさん」

「……はい」

俺は、テーブルを回って、ひよりさんの隣に座った。

距離が、ぐっと近くなる。

ふわっと、甘い香りがした。

「私……」

ひよりさんが、震える声で、言った。

「毎週日曜が、すごく楽しみで。三好さんに会えるのが」

「本の話を、あんなに聞いてくれる人、初めてで」

「気づいたら、三好さんのこと、ずっと考えてて……です」

その言葉を聞いた瞬間、俺はもう、我慢できなかった。

「俺も同じです。ひよりさんに会いたくて、毎週ここに来てた」

「洗濯機、もう買えるのに、買ってないくらい」

ひよりさんが、目を見開いた。

そして、ぽろっと、涙が一粒こぼれた。

眼鏡のレンズに、涙の跡が線を引く。

「……ほんとですか」

「ほんとです」

俺は、ひよりさんの頬にそっと手を添えた。

涙を、親指で拭う。

ひよりさんが、目を閉じた。

ゆっくりと、唇を重ねた。

ちゅっ。

「……んっ」

柔らかくて、温かい唇だった。

ほんのり、お茶の味がする。

一度離れて、お互いの顔を見る。

ひよりさんの頬は真っ赤で、眼鏡が少し曇っていて、唇が微かに震えていた。

「……もう一回、いい?」

「……はい」

今度は、もっと深く。

ちゅっ……ちゅる……

唇を重ねながら、舌先でひよりさんの唇をなぞる。

ひよりさんの口が、おずおずと開いた。

舌先を差し入れると、応えるように、ひよりさんの舌がちろっと触れてくる。

ちゅるっ、ちゅっ、ちゅるるっ

静かな部屋に、湿ったキスの音が響く。

「ん……っ……三好さん……」

「……蒼太、でいいよ」

「……蒼太、さん」

「さんは、いらないかも」

「……蒼太」

「うん」

名前を呼ばれて、胸の奥がきゅっと締まった。

もう一度、唇を重ねる。

ちゅっ……ちゅるっ……んっ……

キスをしながら、俺はひよりさんの背中に手を回した。

パーカー越しの、細い背中。

ぎゅっと引き寄せると、ひよりさんの体が、俺の胸に寄りかかってきた。

「……蒼太の手、あったかい」

「ひよりさんの方が、あったかいよ」

「……もう」

ふわっと笑うひよりさん。

その笑顔に見とれていると、ひよりさんが、自分からそっと唇を寄せてきた。

ちゅっ……ちゅるっ……

積極的になったひよりさんに、心臓が跳ねる。

俺は、パーカーの裾に手をかけた。

「……脱がせて、いい?」

「……うん。電気、暗くしてもらえますか」

「あ、ごめん」

豆電球だけにすると、部屋がオレンジ色のやわらかい光に包まれた。

窓辺の紫陽花が、影になって揺れている。

パーカーをゆっくり脱がせると、薄手のキャミソール一枚になった。

その下の膨らみが、思っていたよりずっと豊かで、はっとした。

「……すごく、綺麗だ」

「……見ないでください。恥ずかしい、です」

ひよりさんが、両手で胸元を隠した。

でも、指の隙間から、こちらをちらっと見ている。

俺は、その手をそっとどけた。

キャミソールの肩紐に指をかけて、ゆっくり下ろす。

薄いベージュのブラジャーが現れた。

控えめなデザインなのに、収まりきらない柔らかさが、縁からむにゅっとこぼれている。

「……外すよ」

「……はい」

背中に手を回して、ホックを外す。

かちり。

肩から紐が滑り落ちて——

ふるんっ。

解放された胸が、ぷるんと揺れた。

「……」

思わず、声を失った。

白くて、柔らかそうで、形が綺麗だった。

頂点には、薄いピンクの乳首が、控えめに色づいている。

「……そんなに、見ないで」

「無理。綺麗すぎて」

俺は、両手でその胸を包み込んだ。

むにゅっ。

「……んっ」

指が、柔らかく沈み込んでいく。

もちもちした弾力が、手のひらに吸い付く。

指の間から、白い肉がふにゅっとこぼれた。

むにゅ……むにゅ……ふにゅっ……

「ん……っ……蒼太……」

揉むたびに、ひよりさんの口から、小さな声が漏れる。

普段の消え入りそうな声とは違う、甘い吐息。

「ここは?」

親指で、乳首をそっと撫でた。

「ひゃっ……」

ひよりさんの体が、びくっと跳ねた。

「……そこ、敏感、なので」

ツンと色づいた乳首を、指先でくりくりと転がす。

「あっ……んっ……やっ……そこ……」

か細い声が、だんだん高くなる。

普段おとなしいひよりさんが、こんな声を出している。

そのギャップに、たまらなくなった。

我慢できずに、片方の乳首に唇をかぶせた。

ちゅうっ。

「ひあっ……」

ひよりさんの手が、俺の頭をそっと抱え込んだ。

柔らかい胸に、頬が埋もれる。

甘い匂いが、鼻をくすぐった。

ちゅるっ……れろっ……ちゅっ……

舌先で乳首を転がしながら、もう片方の胸を手で揉み続ける。

「ん……っ……あっ……蒼太、上手……」

交互に吸って、舐めて、揉んで。

「はぁっ……んっ……こんなの、初めて……です」

ひよりさんの体が、だんだん熱くなっていく。

ちゅう……ちゅるっ……むにゅっ……

「んっ……だめ……とろとろに、なっちゃう……」

ひよりさんの太ももが、もじもじとすり合わさっている。

俺は、ひよりさんの部屋着のショートパンツに、そっと手を伸ばした。

「……触っていい?」

「……うん」

ショートパンツの上から、中心をそっとなぞる。

すっ……

「ひゃっ……」

布越しに、はっきりとわかる湿り気。

「……もう、濡れてる」

「……だって。蒼太に、あんなことされたら……」

恥ずかしそうに俯くひよりさん。

俺は、ショートパンツと、その下のショーツを、ゆっくり引き下ろした。

ベージュの布地が、太ももを伝って落ちる。

露わになったそこは、もう、しっとりと濡れていた。

豆電球のオレンジの光に、蜜が糸を引くのが見える。

「……すごい」

「……言わないで。恥ずかしい、です」

俺は、ひよりさんを、そっとフローリングのラグの上に横たえた。

太ももを、優しく開く。

その間に、顔を近づけた。

「えっ……そんなとこ……」

「気持ちよくしたいから」

舌で、濡れた割れ目を、ゆっくりとなぞり上げた。

れろっ……

「んあっ……やっ……そこ……」

甘い味が、舌に広がる。

敏感な突起を、舌先でちろちろと弾いた。

ちろちろ……れろっ……

「ひゃあっ……そこ、だめ……っ」

だめと言いつつ、ひよりさんの手が、俺の髪をきゅっと掴んだ。

逃がさないように。

突起を舐めながら、指を一本、ゆっくり中に入れた。

ずぷっ……

「んあぁっ……」

熱くて、きつくて、ぬるぬるの中が、指をきゅっと締め付ける。

指をゆっくり動かしながら、中の感じる場所を探る。

くちゅ……くちゅ……

「あっ……そこ……っ……変な感じ……です……」

ざらっとした場所を擦りながら、突起を舌で吸い上げる。

ちゅるっ……くちゅくちゅ……

「やっ……あっ……両方、だめ……っ……おかしくなっちゃう……」

ひよりさんの腰が、ぴくぴくと跳ねる。

声が、どんどん甘く、高くなっていく。

「あっ……あっ……蒼太……私……なんか……来ちゃう……っ」

指を曲げて、感じる場所を集中的に擦る。

突起を、舌でちゅるちゅると吸い続ける。

くちゅくちゅくちゅ……ちゅるるっ……

「あっ……あっ……だめっ……いっちゃう……いっちゃうっ……」

びくんっ。

ひよりさんの体が、弓なりに反った。

太ももが、ぎゅっと俺の頭を挟んで、震える。

中が、きゅうっと指を締め付けた。

「はぁっ……はぁっ……すごい……こんなの、初めて……です……」

ひよりさんが、潤んだ目で、俺を見上げた。

眼鏡が曇って、頬が上気して、髪が乱れて。

その姿が、たまらなく色っぽかった。

「……蒼太も」

ひよりさんが、体を起こした。

まだ、脚が震えている。

「私だけ、ずるい、です。蒼太も……気持ちよく、なってほしい」

ひよりさんの細い指が、俺のズボンに伸びた。

ぎこちない手つきで、ベルトを外し、ズボンを下ろす。

下着の上から、もう硬くなっているそこに、そっと触れた。

「……わ。すごく、硬い……です」

「ひよりさんが、可愛すぎるから」

「……もう」

下着を下ろすと、限界まで張り詰めたものが現れた。

ひよりさんが、おそるおそる、細い指でそっと握る。

「……あつい」

ゆっくりと、上下に動かしてくれる。

しゅっ……しゅっ……

不器用だけど、一生懸命な手つき。

それだけで、たまらなかった。

「……お口でも、していいですか」

「えっ……いいの?」

「……蒼太のこと、気持ちよくしたいので。です」

ひよりさんが、俺の前にかがみこんだ。

眼鏡越しの潤んだ瞳が、俺を見上げる。

先端に、ちゅっとキスを落とした。

ちゅっ……

「ん……蒼太の匂い……」

ちろっと、舌先が出て、先端を舐める。

れろっ……ちろっ……

「……っ」

「……気持ち、いいですか」

「やばい……」

ひよりさんが、嬉しそうに目を細めて——ぱくっと口に含んだ。

「んっ……」

温かくて、湿った口の中に包まれる。

じゅるっ……ちゅぷっ……

小さな舌が、絡みつきながら、ゆっくり動く。

「んっ……じゅるっ……ちゅぷっ……」

眼鏡が少しずれて、その奥の、蕩けた目が俺を見上げている。

「ひよりさん……上手だよ……」

「ん……ふふ……じゅるっ……」

嬉しそうに、頭を上下に動かす。

頬がへこんで、吸い付く圧が強くなる。

じゅぽっ……じゅるっ……ちゅぷちゅぷ……

「ぷはっ……蒼太の、おっきい……こんなの、入るかな……です」

一度口を離して、裏筋を下から上に、れろれろと舐め上げる。

「……ひよりさん、そろそろ、やばい」

「……っ。じゃあ」

ひよりさんが、ぱっと口を離した。

唾液が、つうっと糸を引く。

「……続き、ベッドで」

ひよりさんが、俺の手を取って立ち上がった。

奥のベッドに、二人で倒れ込む。

オレンジの豆電球の下、ひよりさんを仰向けに寝かせた。

潤んだ瞳が、俺を見上げている。

「……あの、私」

ひよりさんが、消え入りそうな声で言った。

「久しぶり、なので。優しく、してほしい、です」

「うん。ゆっくりするから」

「ゴム、持ってきてないんだけど」

「……あ。私、ピル……飲んでて。生理痛、ひどいので」

「……蒼太なら、いいです」

その言葉に、頭がくらっとした。

俺は、ひよりさんの太ももを、そっと開いた。

その間に体を入れて、先端を、濡れた入り口にあてがう。

ぬるっとした感触。

「……入れるよ」

「……はい。来て、ください」

ゆっくりと、腰を進めた。

ずぷっ……

「んあっ……」

中に入った瞬間、ひよりさんの体が、びくんと震えた。

「あつい……蒼太の……あつい、です……」

少しずつ、奥へと進めていく。

ずぶ……ずぶ……ずぶっ……

「んんっ……おっきい……奥まで、来てる……っ」

ひよりさんの中は、信じられないほど熱くて、きつくて、とろとろだった。

壁が、俺のものに絡みついて、吸い付くように締め付けてくる。

「……ひよりさん、すごい締まってる」

「だって……蒼太の、大きいから……っ」

奥まで入って、根元まで密着した。

ひよりさんの顔が、目の前にある。

ずれた眼鏡。上気した頬。半開きの唇。

その全部が、可愛くて、色っぽくて、たまらない。

俺は、ひよりさんの唇にキスをしながら、ゆっくり腰を動かし始めた。

ちゅっ……ずちゅっ……

「んむっ……」

ずちゅっ……ぬぷっ……ずちゅっ……

「ん……っ……あっ……」

奥まで突くたびに、ひよりさんが、甘い声を漏らす。

最初はゆっくり。少しずつ、ペースを上げていく。

ぱんっ……ぱんっ……

「あっ……んっ……蒼太……気持ちいい……です……」

ひよりさんの白い胸が、突くたびに、たゆんたゆんと揺れる。

その揺れを見ながら、腰を動かす。

「ひよりさんの中、最高だ……」

「んっ……そんなこと言われたら……もっと、感じちゃう……っ」

ひよりさんの腕が、俺の首に回された。

ぎゅっと、抱きついてくる。

「……もっと、近くに、来てほしい……です」

俺は、体を密着させて、奥を突いた。

ずぱんっ……

「ひゃあっ……そこっ……当たってる……っ」

奥の、感じる場所に当たったみたいだ。

ひよりさんの中が、きゅうっと締まった。

「ここ?」

ずぱんっ……

「そこっ……やっ……すごい……っ」

同じ場所を、何度も突く。

ぱんっ……ぱんっ……ぱんっ……

「あっあっあっ……蒼太……もっと……っ」

普段、消え入りそうな声のひよりさんが、甘い声で「もっと」とねだる。

そのギャップに、理性が飛びそうになる。

言われるままに、腰の動きを速めた。

ぱんぱんぱんっ……

「んあぁっ……やばい……気持ちよすぎる……です……っ」

ひよりさんの中が、どんどんきつくなっていく。

ベッドが、ぎしぎし軋む。

静かな部屋に、肉がぶつかる音と、水音が反響する。

「ひよりさん……中、やばい……っ」

「蒼太……私も……もう……っ」

ぱんっ……ぐちゅっ……ぱんっ……ぬちゅっ……

「あっ……いっちゃう……また、いっちゃう……っ」

「俺も……っ」

「来てっ……中に……蒼太の、いっぱい、ほしい……っ」

ぱんぱんぱんぱんっ……

「……出る、ひよりさんっ」

「来てっ……いっ……いくっ……」

びゅるるるっ……

どくっ……どくっ……どくっ……

ひよりさんの一番奥に、熱いものが注ぎ込まれる。

「んあああっ……あついっ……中、いっぱい……っ」

ひよりさんの中が、きゅうきゅうと痙攣しながら、俺のものを搾り取るように締め付ける。

びくんびくんと、体が震える。

最後の一滴まで、注ぎ込まれて——

「はぁっ……はぁっ……」

「はぁ……はぁ……すごかった、です……」

繋がったまま、お互いの額をくっつける。

ひよりさんの眼鏡が、すっかり曇っていて。

その奥の、蕩けた瞳が、うるうると揺れていた。

「……ひよりさん」

「……蒼太」

しばらく、そのまま、呼吸を整える。

オレンジの豆電球の下、二人の荒い息だけが響いていた。

「……ねえ、蒼太」

「ん?」

まだ繋がったまま、ひよりさんが、俺の胸に頬を寄せた。

「……もう一回、しても、いいですか」

「えっ」

「だって……すごく、気持ちよかったから……」

「……ずるい、ですか」

その言葉だけで——中で、また硬くなっていくのがわかった。

「……全然、ずるくない」

ひよりさんが、ふわっと笑った。

そして、ちょっと、いたずらっぽい顔をする。

「……今度は、私が上で、してみたい、です」

その言葉に、ぞくっとした。

俺は一度抜いて、仰向けになった。

ひよりさんが、おずおずと、俺の腰の上に跨がる。

オレンジの光の中、白い胸が、目の前で揺れている。

「……えっと。これで、合ってますか」

「うん。ゆっくりでいいよ」

ひよりさんが、腰を持ち上げて、自分で位置を合わせた。

先端が触れた瞬間、びくっと震える。

「ん……」

ゆっくりと、腰を下ろしていく。

ずぷっ……ずずずっ……ずぷんっ……

「んあぁっ……奥まで……っ……さっきより、深い、です……」

重力で、さっきよりも深く、繋がった。

ひよりさんの蕩けた顔が、すぐ近くにある。

「……動きます、ね」

ひよりさんが、ゆっくりと腰を、上下に動かし始めた。

ずちゅっ……ぬぷっ……ずちゅっ……

「あっ……ん……はぁっ……気持ちいい……です……」

最初はぎこちなかった動きが、だんだん、滑らかになっていく。

胸が、たゆんたゆんと揺れて、白い肌が、オレンジの光の中でうっすら汗ばんでいる。

「……ひよりさん、その顔、やばい」

「やっ……見ないで……えっちな目で、見ないでください……っ」

そう言いながら、腰の動きが速くなる。

ぱちゅっ……ぬちゃっ……ずちゅずちゅ……

「あっ……ん……自分で動くと……変なとこ、当たる……です……っ」

俺は、揺れる胸を、下から両手で包んだ。

むにゅっ。

「ひゃっ……」

揉みながら、下から、ぐっと突き上げた。

どんっ。

「んあぁっ……」

ひよりさんが、仰け反った。

俺は、ひよりさんの腰を掴んで、下からのピストンを加速させた。

ぱんぱんぱんっ……

「やっ……下から……っ……すごい……また、来ちゃう……っ」

ひよりさんが、前のめりに倒れ込んできた。

柔らかい胸が、俺の顔に押し付けられる。

目の前の乳首を、口に含んだ。

ちゅるっ。

「あーっ……」

ひよりさんの体が、びくびくと震える。

突き上げながら、乳首を吸って、舐めて。

「あっ……あっ……だめ……っ……全部、気持ちいい……です……っ」

「俺も……そろそろ……っ」

「来てっ……また、中に……っ……いっぱい、ほしい……っ」

ひよりさんが、自分から、腰を打ち付けてきた。

ぱんぱんぱんぱんっ……

「いっ……いくっ……蒼太……一緒に……っ」

「……っ、出るっ」

どくっ……どくっ……どくどくっ……

二回目を、ひよりさんの一番奥に注ぎ込んだ。

「あぁっ……また、あついの……いっぱい……っ」

びくんびくんと、ひよりさんの体が痙攣する。

中が、きゅうきゅうと、俺のものを搾り取る。

そして、ひよりさんが、俺の上に崩れ落ちてきた。

二人とも、汗だくだった。

「はぁ……はぁ……蒼太……最高、でした……」

「俺も……めちゃくちゃ」

ひよりさんが、俺の胸に頬を預けて、目を閉じた。

オレンジの光の中、二人の鼓動が、だんだん落ち着いていく。

窓の外の雨は、いつの間にか止んでいた。

しばらくして。

ふと、ひよりさんがはっと顔を上げた。

「……あっ。洗濯物」

「あ」

すっかり、忘れていた。

乾燥機の四十分なんて、とっくに過ぎている。

たぶん、もう、二時間近く経っていた。

「取りに、行かないと。です」

「だな。一緒に行こう」

俺たちは、身支度を整えて、夜道を歩いた。

時刻は、もう深夜だった。

雨上がりの空気が、ひんやりと気持ちいい。

ひよりさんが、当たり前のように、俺の腕に、そっと自分の腕を絡めてきた。

「……えへへ」

「……どうした?」

「……なんか、こうやって歩くの、嬉しくて。です」

口元を押さえて、肩を揺らして笑う。

その笑顔が、街灯の下で、すごく綺麗だった。

コインランドリーに着くと、誰もいなかった。

白い蛍光灯の下、二人だけ。

乾燥機を開けると、洗濯物はすっかり冷めていたけど、ふわふわに乾いていた。

二人分の洗濯物を、一緒に畳む。

ひよりさんの薄ピンクの何かが、また、ちらっと見えた。

でも、もう、目をそらさなかった。

「……見ました?」

「……見た」

「……もう」

ぷっと吹き出して、肩を揺らして笑う。

畳み終わって、ふと、二人で顔を見合わせた。

誰もいない、静かなコインランドリーの中。

俺は、ひよりさんの頬にそっと手を添えて、もう一度、唇を重ねた。

ちゅっ。

「……ん」

柔らかい唇。

蛍光灯の光の下、湿った音が、小さく響く。

唇を離して、おでこをくっつける。

「……ひよりさん」

「……はい」

「俺と、付き合ってください」

ひよりさんの目が、まんまるになった。

そして、じわっと、潤んでいく。

「……いいんですか。私で」

「ひよりさんが、いいんです」

ひよりさんが、口元を押さえて、肩を震わせた。

でも、今度は、笑っているのか、泣いているのか、わからなかった。

「……はい。私も……蒼太と、付き合いたい、です」

「ずっと……日曜の九時が、来るのが、楽しみだったので」

俺は、ひよりさんを、ぎゅっと抱きしめた。

ふわっと、柔軟剤の香りと、ひよりさん自身の甘い匂いがした。

毎週、ここで嗅いでいた、あの香り。

その香りが、今は、腕の中にある。

「あのさ、ひよりさん」

「なに、ですか」

「次の日曜は——洗濯じゃなくて、デートにしませんか」

ひよりさんが、ぱっと顔を上げた。

眼鏡の奥の目が、きらきらしている。

「……デート」

「うん。どっか、行きたいとこある?」

ひよりさんが、少し考えて、いたずらっぽく笑った。

「……植物園、行きたい、です」

「今、紫陽花が、見頃なので」

「いいね。行こう」

「……えへへ。約束、です」

ひよりさんが、嬉しそうに、俺の腕に、ぎゅっと抱きついた。

深夜のコインランドリー。

回っていない乾燥機。冷めた洗濯物。白い蛍光灯。

なんの変哲もない、いつもの場所。

でも、ここで、俺たちは恋人になった。

「じゃあ、帰ろっか」

「はい」

二人分の洗濯物を抱えて、外に出る。

雨上がりの夜空に、薄く月が出ていた。

「……ねえ、蒼太」

「ん?」

「洗濯機、もう、買わなくていいですよ」

「え?」

ひよりさんが、ふふっと笑った。

「……だって。買っちゃったら、ここで会えなくなる、ので」

その言葉に、胸の奥が、じんわり温かくなった。

「……たしかに」

「でしょう?」

「じゃあ、毎週日曜は、ずっとここで」

「……はい。乾燥機の、四十分」

「……ううん。もう、四十分じゃ、足りないかも、です」

ひよりさんが、口元を押さえて、肩を揺らして笑った。

その笑顔を見ながら、俺も笑った。

雨の日のコインランドリー。

乾燥機の四十分の、何でもない時間が——

俺の、一番大切な時間になった。

「次の日曜、楽しみにしてます、ね」

「俺も。植物園、晴れるといいな」

「……でも」

ひよりさんが、空を見上げて、ふっと微笑んだ。

「雨でも、いいです。だって、雨の日に、蒼太と出会ったので」

その言葉が、何より嬉しかった。

二人で並んで、深夜の夜道を歩く。

腕の中の洗濯物は、まだほんのり、柔軟剤の甘い香りがしていた。

― 終 ―


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