1. 医者に叱られた夏
僕、藤村修、三十一歳。
都内の会社で、ひたすら経理の数字を合わせている。
座りっぱなしの仕事で、運動なんて、もう何年もしていなかった。
その年の春の健康診断で、僕は、医者に、こってり叱られた。
藤村修「……再検査、ですか」
沢田さん「藤村さんね、まだ三十一でしょう。今のうちに、体動かしなさい。歩くだけでもいいから」
問診票を見ながら、白衣の医者は、ため息まじりに言った。
数値が、いくつか、赤かった。
でも、ジムは続かない自信があったし、走るのは、膝が痛くなる。
困ったな、と思いながら、ある夜、残業帰りに、駅から家までの道を、いつもと違う路地で帰ってみた。
すると、住宅街のはずれに、青白い光がぼうっと浮かんでいた。
金網の向こうに、水を張った、大きな四角。
藤村修(……市民プール?)
色あせた看板に、「市民プール 夏季開放 七月〜八月」と書いてある。
ナイター営業の電光が、ぱちぱちと、虫を集めて光っていた。
水面が、ゆらゆらと、街灯を反射している。
その静かな光を見ていたら、ふと、泳ぐくらいなら、できるかもしれない、と思った。
膝も痛くならないし、何より、夜は、空いていそうだった。
2. 三コースの人
翌日、僕は、会社帰りに、スポーツ用品店で、安い水着とゴーグルを買った。
そして、夜の市民プールの、受付の窓口に立った。
藤村修「あの……大人でも、入れますか」
沢田さん「夜の七時からはね、大人スイムの時間。一般開放だよ。ゆっくり泳ぎたい人向けだ」
受付にいたのは、日に焼けた、人のよさそうな初老の男性だった。
胸の名札に、「沢田」とある。
更衣室で着替えて、おそるおそる、プールサイドに出る。
夜のプールは、想像していたより、ずっと静かだった。
二十五メートルの、屋外プール。
泳いでいるのは、近所の年配の人が、数人だけ。
みんな、ゆっくりと、平泳ぎで、コースを往復している。
水面が、ナイターの光を受けて、きらきらと揺れていた。
そして、プールの角の、高い監視台の上に、一人、座っている人がいた。
藤村修(……監視員さん、か)
赤いTシャツに、紺のハーフパンツ。首から、銀色のホイッスル。
ポニーテールに束ねた髪が、夜風に揺れている。
横顔が、街灯に照らされて、すっと、きれいだった。
腕も脚も、健康的に、こんがりと日焼けしている。
歳は、たぶん、僕と、同じくらい。
僕は、空いている三番コースに、そっと足から入った。
水は、思っていたより、ぬるくて、気持ちよかった。
意気込んで、クロールで、ひとかき。
——ごぼっ。
派手に、水を飲んだ。
息継ぎが、まったく、できなかった。
十メートルも進まないうちに、僕は、コースロープにしがみついて、ぜえぜえと、肩で息をした。
ぴっ、と、短く、ホイッスルが鳴った。
夏川七海「三コースの人ー。だいじょぶですかー?」
監視台の上から、明るい声が、降ってきた。
藤村修「……だ、だいじょうぶ、です」
夏川七海「無理しないでくださいねー。溺れたら、私、飛び込みますからね」
そう言って、彼女は、にっと、白い歯を見せて笑った。
恥ずかしくて、僕は、思わず、水に顔を沈めた。
3. 息継ぎを直される
それでも、僕は、次の日も、その次の日も、夜のプールに通った。
不思議と、苦じゃなかった。
仕事で、こわばった頭が、水の中では、すうっと、軽くなる。
ただ、相変わらず、クロールは、下手くそだった。
二十五メートルを、息継ぎなしで泳ぎ切ろうとして、毎回、半分で、沈みかける。
ある夜、コースロープにしがみついて、あえいでいると、すぐ横の水面が、ぱしゃん、と鳴った。
監視員の彼女が、いつのまにか、プールサイドに、しゃがんでいた。
夏川七海「あのー。見てて、ハラハラするんですけど」
藤村修「……すみません」
夏川七海「息継ぎ、止めて泳いでません? 苦しいの、当たり前ですよ、それ」
ずばり、言い当てられた。
彼女は、立ち上がって、自分の腕で、ゆっくりと、クロールの動きを、やってみせた。
夏川七海「腕を回すときに、ね。顔を、真横に。耳を、水につけたまま、ちょっとだけ、口を出す」
夏川七海「上を向いちゃダメ。横、横」
藤村修「横……」
夏川七海「そう。あと、吐くのが先。水の中で、ぶくぶくーって、全部吐いちゃう。そしたら、勝手に、吸えるから」
言われたとおり、やってみる。
水の中で、息を、ぶくぶくと吐いて。
腕を回しながら、顔を、真横に。
——すっ。
初めて、苦しくないところで、息が、吸えた。
藤村修「……あ。吸えた」
夏川七海「でしょ? その調子、その調子」
監視台に戻りながら、彼女は、振り返って、親指を立てた。
その夜、僕は、生まれて初めて、二十五メートルを、止まらずに泳ぎ切った。
息は、上がっていた。
でも、それは、苦しいだけの息じゃ、なかった。
ゴーグルを外して、監視台を見上げると、彼女が、こっちを見て、ぱちぱちと、小さく拍手していた。
胸の名札に、「夏川」と、書いてあるのが、見えた。
4. 自販機の前で
それから、夏川さんは、僕が泳ぐたびに、少しずつ、コツを教えてくれるようになった。
夏川七海「キック、力みすぎ。足首、もっとやわらかく」
夏川七海「お、今日、フォーム、きれいになってきた」
監視台の上から、的確なひと言が、飛んでくる。
僕の泳ぎは、目に見えて、上達していった。
最初は、三往復で、ばてていたのが、十往復、できるようになった。
ある夜、泳ぎ終えて、プールサイドの自販機で、スポーツドリンクを買っていると、後ろから、声がした。
夏川七海「藤村さん、最近、すごいですね。別人みたい」
振り返ると、上がりの時間なのか、夏川さんが、赤いTシャツの上に、パーカーを羽織って、立っていた。
藤村修「あ、えっと……夏川さんの、おかげです。ほんとに」
夏川七海「ふふ。私、名前、覚えられてた」
夏川七海「私もね、ずっと『三コースの、息継ぎできない人』って呼んでたんですよ」
からかうように笑って、彼女も、自販機に、小銭を入れた。
がこん、と、缶のサイダーが落ちてくる。
夏川七海「飲みます? 一本、奢りますよ。皆勤賞だから」
僕たちは、誰もいなくなったプールサイドのベンチに、並んで座った。
ぷしゅ、と、缶を開ける。
夜風が、火照った体に、心地よかった。
藤村修「夏川さんは、ずっと、ここの監視員を?」
夏川七海「夏だけですよ。このプール、七月と八月しか、開かないので」
夏川七海「冬は、スイミングスクールで、コーチやってます。ちびっこに、バタ足、教えてる」
サイダーを飲みながら、夏川さんは、ぽつぽつと、話してくれた。
子供の頃から、ずっと、競泳をやっていたこと。
選手としては、あと一歩、全国に届かなかったこと。
それでも、水が、好きで、好きで。
夏川七海「結局、水のそばから、離れられないんですよね、私」
夏川七海「人が、すいーって、気持ちよさそうに泳いでるの見ると、なんか、いいなあって」
ナイターの光に照らされた、その横顔を見ていたら。
僕は、自分が、もう、健康のためだけに、ここへ通っているわけじゃないことに、気づいてしまった。
5. 夕立の夜
八月も、半ばを過ぎた、ある夜のことだった。
夕方から、空が、急に、黒い雲に覆われた。
僕がプールに着いて、泳ぎ始めて、ほどなく。
ぴかっ、と、遠くの空が光って、ごろごろと、雷が鳴った。
ぴーっ、と、長く、ホイッスルが鳴った。
夏川七海「はーい、雷なので、いったん、上がってくださーい! 危ないので!」
夏川さんが、テキパキと、まばらな客を、プールから上げていく。
そして、ざあっ、と、夕立が、降りだした。
近所の年配の客たちは、そそくさと、帰っていった。
軒下に、僕と、夏川さんだけが、残された。
雨が、プールの水面を、激しく叩いている。
ナイターの光の中で、無数の雨粒が、銀色に光って見えた。
藤村修「……すごい雨ですね」
夏川七海「ですねえ。これ、しばらく、止まないやつだ」
並んで、軒下に立って、僕たちは、ぼんやりと、雨を見ていた。
夏川さんの、濡れた肩から、ぽたぽたと、雫が落ちる。
夏川七海「あのね、藤村さん」
藤村修「はい」
夏川七海「このプール、来週で、おしまいなんです」
雨音の中で、彼女が、ぽつりと言った。
夏川七海「八月いっぱいで、夏季開放、終了。来年の夏まで、お休み」
藤村修「……そう、なんですか」
胸の奥が、きゅっと、なった。
夏が終われば、このプールは、閉まる。
そうしたら、僕は、夏川さんに、会えなくなる。
その、当たり前のことに、僕は、初めて、気づいた。
夏川七海「藤村さん、最初は、ほんと、見てらんなかったのに」
夏川七海「今は、誰よりも、きれいに泳ぐんですよ。私、ちょっと、自慢なんです」
雨を見たまま、夏川さんが、笑った。
その横顔が、雨に濡れて、泣いているようにも、見えた。
藤村修「夏川さんが、教えてくれたから、です」
藤村修「僕、ここに来るの……正直、もう、運動のためだけじゃ、ないんです」
言ってしまってから、心臓が、跳ねた。
夏川さんは、雨から目を離して、僕を、まっすぐ見た。
その目が、街灯の光で、きらりと光る。
夏川七海「……うん。知ってます」
夏川七海「だって、藤村さん。泳ぎ終わったあと、いっつも、監視台のほう、見るんだもん」
雨音の中で、僕たちは、しばらく、見つめ合っていた。
どちらの心臓の音が大きいのか、わからないくらい、近かった。
6. プールじまいの花火
そして、夏季開放の、最終日が、来た。
その夜は、近所の小さな夏祭りと、重なっていた。
プールの向こうの河川敷で、ささやかな花火が、上がるのだという。
最終日のプールは、いつもより、少しだけ、人が多かった。
名残を惜しむ常連たちが、夜遅くまで、ゆっくりと泳いでいた。
沢田さん「藤村さん、来年も、来るんだろ?」
帰り際、受付の沢田さんが、にやにやしながら、声をかけてきた。
藤村修「あ……はい。もちろん」
沢田さん「ま、来年まで待たなくても、会えるだろうけどな」
藤村修「え?」
沢田さん「いやいや。なんでもない。なんでもないよ」
沢田さんは、わざとらしく、そっぽを向いて、けらけら笑った。
最後の客が帰り、閉門の時間になった。
夏川さんが、プールの照明を、ひとつずつ、落としていく。
ぱちん、ぱちん、と、青白い光が消えるたび、夏が、少しずつ、終わっていくようだった。
最後の一灯を消すと、あたりは、急に、星の見える、暗がりになった。
夏川七海「……終わっちゃった。今年の夏」
がらんとしたプールサイドで、夏川さんが、ぽつりと言った。
そのとき。
どーん、と、腹に響く音がして、河川敷のほうの空に、大きな花火が、開いた。
赤、青、金。
色とりどりの光が、誰もいなくなったプールの水面に、ゆらゆらと、映り込む。
夏川七海「わ……きれい」
藤村修「……ほんとだ」
僕たちは、プールサイドに並んで座って、水面に映る花火を、見上げていた。
ふと、横を見ると、花火の光に照らされた、夏川さんの顔が、すぐ近くにあった。
藤村修「夏川さん」
夏川七海「ん?」
藤村修「夏が終わっても……会いたいです。来年まで、待てない」
どーん、と、また、大きな花火が上がった。
その音に、紛れないように、僕は、はっきりと言った。
藤村修「夏川さんのことが、好きです」
水面で、花火が、ぱっと、開いては、消える。
夏川さんは、しばらく、僕を、じっと見ていた。
それから、ふっと、肩の力を抜いて、笑った。
夏川七海「……もう。沢田さんが言ってた『会えるだろ』って、これのことか」
夏川七海「バレバレだったんですね、私たち」
夏川七海「私も……です。藤村さんが、毎晩、来てくれるの。ずっと、楽しみだった」
花火の光の中で、僕たちは、どちらからともなく、手を重ねた。
塩素の匂いの残る、彼女の指は、ひんやりとして、それでいて、少し、震えていた。
7. 濡れた髪のまま
花火が、最後の一発を打ち上げて、夜空が、また、静かな星空に戻った。
夏川七海「藤村さん。……うち、ここから、歩いてすぐなんです」
戸締まりを終えた夏川さんが、鍵を握りしめて、少し、うつむいて言った。
夏川七海「……まだ、帰りたくない、です」
藤村修「……はい」
僕の声も、少し、かすれていた。
プールの裏手の、静かな住宅街を、二人で歩いた。
夏川さんの部屋は、古いアパートの、二階だった。
こざっぱりと片付いた、ワンルーム。
壁に、競泳の大会の、色あせたメダルが、いくつか、飾ってある。
棚には、水泳の指導書と、子供たちからの、手作りの寄せ書き。
夏川七海「散らかってて……ごめんなさい」
藤村修「いや。……夏川さんらしくて、いいです」
二人とも、まだ、髪が、濡れたままだった。
タオルを貸してくれようとした、その手を。
僕は、そっと、握った。
夏川七海「……藤村、さん」
藤村修「修で、いいです」
夏川七海「……修さん」
名前を呼ぶ声が、甘く、揺れた。
僕は、彼女の、濡れた頬に、手を添えた。
夏川さんの、長いまつ毛が、ゆっくりと、伏せられる。
唇を、重ねた。
ちゅ、と。
夏川七海「……ん」
ほのかに、塩素の匂いと、サイダーの、甘い味がした。
一度、離れて、見つめ合う。
花火のときよりも、彼女の頬が、ずっと、赤い。
藤村修「……もう一回、いい?」
夏川七海「……うん」
今度は、もっと、深く。
ちゅ……ちゅるっ……
唇を重ねながら、細い腰に、腕を回す。
夏川さんの手が、おずおずと、僕のシャツの背中を、きゅっと、握った。
8. ほどけていく
部屋の灯りを、枕元の、小さなスタンドだけにした。
オレンジ色の、やわらかい光。
夏川さんを、そっと、ベッドに横たえる。
夏川七海「あんまり、見ないで。私、こういうの……久しぶりで」
藤村修「僕も、緊張してます」
夏川七海「……ふふ。なにそれ」
濡れたTシャツの裾に、手をかける。
ゆっくり、まくり上げると、淡い水色の、スポーツブラが、現れた。
水着の跡が、日焼けした肌に、くっきりと、白く残っている。
その白さが、たまらなく、なまめかしかった。
藤村修「……きれいだ」
夏川七海「やだ……日焼け、跡、ついてるのに……」
藤村修「その跡が、いいんです」
恥ずかしそうに、胸元を隠そうとする腕を、僕は、そっと、どけた。
背中に手を回して、ホックを、外す。
かちり、と。
肩から滑り落ちて、ふるん、と、白い胸が、こぼれた。
夏川七海「……っ」
僕は、その柔らかさを、両手で、そっと包んだ。
むにゅ、と、指が、沈んでいく。
夏川七海「ん……っ」
藤村修「……柔らかい」
夏川七海「もう……いちいち、言わないでよ……っ」
口では強がるのに、夏川さんの息は、もう、少し、上がっていた。
指の先で、つんと色づいた先端に触れると、体が、びくっと跳ねた。
夏川七海「ひゃっ……そこ……」
藤村修「ここ、弱い?」
夏川七海「……っ、知らない……」
僕は、片方の先端を、口に含んだ。
ちゅっ……れろっ……
夏川七海「あっ……ん……っ」
監視台の上で、凛とホイッスルを吹いていた、あの顔とは、まるで違う。
甘くて、頼りない声が、夏川さんの口から、ぽろぽろ、こぼれる。
そのギャップに、僕は、たまらなくなった。
舌で先端を転がしながら、もう片方の胸を、やわやわと、揉む。
夏川七海「修さん……っ、それ……だめ……っ」
夏川さんの、引き締まった太ももが、もじもじと、すり合わさっている。
僕は、そっと、ハーフパンツのウエストに、手を伸ばした。
藤村修「……脱がせて、いい?」
夏川七海「……うん」
下ろすと、ブラと、おそろいの、水色の下着だけになった。
その中心は、もう、しっとりと、湿りはじめていた。
9. 重なる夜
布越しに、そっと、指で、なぞる。
夏川七海「んっ……」
夏川さんの腰が、ぴくんと、跳ねた。
藤村修「……もう、濡れてる」
夏川七海「……言わないでって……っ。だって、修さんが……」
恥ずかしそうに、顔を背ける夏川さん。
僕は、最後の一枚を、ゆっくりと、脱がせた。
露わになったそこは、スタンドの、オレンジの光に、しっとりと、濡れて光っていた。
指で、優しく、敏感な突起を、撫でる。
くちゅ、と、小さな水音がした。
夏川七海「あっ……♡」
藤村修「気持ちいい?」
夏川七海「……っ、うん……っ♡」
円を描くように撫でながら、指を、ゆっくり、中へ、滑らせた。
ずぷ、と。
夏川七海「んあっ……♡」
熱くて、きつい中が、僕の指を、きゅっと、締めつける。
感じる場所を探って、指の腹で、ゆっくり擦る。
夏川七海「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡」
夏川さんが、シーツを、ぎゅっと、握った。
毎晩、監視台から、てきぱきと指示を出していた彼女が、僕の指一本に、こんなに、乱れている。
それが、愛おしくて、たまらなかった。
夏川七海「修さん……っ♡ だめ……それ続けたら……っ♡」
藤村修「いいよ。イって」
夏川七海「やっ♡ 見ないで……っ♡♡」
指の動きを、速める。
夏川七海「あっ♡ あっ♡ ——っ♡♡♡」
びくびく、と腰が震えて、中が、きゅうっと、締まった。
息を切らせる夏川さんの額に、汗で張りついた前髪を、僕は、そっと、よけてやった。
夏川七海「……はぁ……っ。修さんも……」
夏川さんが、潤んだ目で、僕を見上げた。
夏川七海「私だけ、ずるい……。修さんも、ちゃんと、来て」
僕は、避妊具をつけて、夏川さんの、脚の間に、体を進めた。
熱く張りつめたものを、濡れた入り口に、あてがう。
藤村修「……いくよ」
夏川七海「……うん。来て」
ゆっくり、腰を、進めた。
ずぷ……っ♡
夏川七海「んっ……あぁ……っ♡♡」
先端が入った瞬間、夏川さんが、僕の背中に、しがみついた。
きつい。でも、とろとろに濡れているから、彼女の中は、僕を、奥まで、すんなりと、受け入れていく。
ずず……っ
夏川七海「あ……っ♡ 奥まで……来てる……っ♡」
藤村修「……夏川さんの中、すごく、熱い」
夏川七海「……七海、でいい……っ」
藤村修「……七海」
根元まで収まって、僕は、一度、深く、息を吐いた。
繋がった場所から、ひと夏のあいだの距離が、じんわりと、埋まっていく。
ゆっくり、動きはじめた。
ずちゅ……ぱちゅ……
夏川七海「あっ♡ ん……っ♡」
最初は、彼女を気遣う、優しい律動。
藤村修「七海、気持ちいい?」
夏川七海「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
藤村修「俺も。……ずっと、こうしてたかった」
七海が、僕の首に腕を回して、自分から、唇を、求めてきた。
キスをしながら、奥を突くたびに、彼女の体が、跳ねる。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
夏川七海「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
藤村修「ここ、好き?」
夏川七海「っ♡♡ 好き……っ♡ 修さんの、好き……っ♡♡」
それが、体のことなのか、僕自身のことなのか、たぶん、どっちも、だった。
ベッドが、小さく、軋む。
スタンドの、オレンジの光の中、二人の息と、肌のぶつかる音が、満ちていく。
夏川七海「修さん……っ♡ もう……っ♡」
藤村修「俺も……っ。一緒に」
夏川七海「うん……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
僕は、七海を、ぎゅっと抱きしめて、最後の律動を、速めた。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
夏川七海「あっ♡ あっ♡ イクっ……♡ 修さん、一緒に……っ♡♡」
藤村修「……っ、七海っ」
ぱちゅんっ——♡♡♡
夏川七海「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥で、僕が震えるのを、七海の体が、ぎゅうっと締めつけながら、受け止める。
二人で、同じ波に、さらわれた。
汗ばんだ体が、ぴったり重なったまま、しばらく、動けなかった。
夏川七海「……はぁ……っ。すごかった……」
藤村修「……七海」
夏川七海「ん……?」
藤村修「来年の夏も、ここで、泳ぎ方、教えてください」
七海が、ぷっと、吹き出して、僕の胸を、ぽかっと叩いた。
夏川七海「来年って……気が早いなあ」
夏川七海「冬のスクールにも、おいでよ。私が、コーチしてあげる」
そう言って、僕の胸に、頬を、すり寄せた。
10. 夏が終わっても
翌朝。
カーテンの隙間から、夏の終わりの、白い朝の光が、差し込んでいた。
腕の中で、七海が、すうすうと、寝息を立てている。
塩素の匂いも、汗の匂いも、全部、愛おしかった。
しばらくして、七海が、ん、と身じろぎして、目を開けた。
夏川七海「……おはよ」
藤村修「おはよう」
夏川七海「……あ。私、今日、プールの片付け、行かなきゃ」
寝ぼけ眼で、慌てて起き上がろうとする七海を、僕は、笑って、引き止めた。
藤村修「手伝うよ。……来年のために、ちゃんと、しまわないと」
二人で、朝のプールへ、歩いていった。
水を抜かれはじめたプールは、がらんとして、少し、さびしげだった。
でも、コースロープを巻きながら、七海は、ずっと、機嫌よく、鼻歌をうたっていた。
夏川七海「ねえ、修さん」
藤村修「ん?」
巻いたロープを抱えて、七海が、振り返った。
夏川七海「私ね、夏が終わるの、毎年、ちょっと、さびしかったんです」
夏川七海「このプールが閉まると、なんか、季節が、終わっちゃう気がして」
夏川七海「でも……今年は、ぜんぜん、さびしくないや」
朝の光の中で、日焼けした顔が、にっと、笑った。
夏川七海「だって、夏が終わっても、修さんが、いるんだもん」
僕は、その手を、ぎゅっと、握った。
ちょうど、そのとき。
沢田さん「おーい、七海ちゃん。朝から、なに、油売ってんだい」
プールの入り口から、ホースを抱えた沢田さんが、にやにやしながら、歩いてきた。
夏川七海「さ、沢田さん! 油売ってないです!」
沢田さん「やーい、やっと、くっついたか。だから言ったろ、来年まで待たなくても会えるって」
けらけら笑う沢田さんに、七海は、顔を真っ赤にして、でも、嬉しそうだった。
医者に叱られて、健康のためだけに、僕は、この、夏だけのプールに、足を踏み入れた。
そうして、監視台の上から、いつも僕を見ていた、水が好きでたまらない人と、恋人になった。
藤村修「七海。来年の夏、また、ここで泳ごう」
夏川七海「うん。……そのころには、修さん、もっと、上手くなってるね」
水を抜かれたプールの底に、夏の終わりの朝日が、まっすぐ、差し込んでいた。
来年も、その水が満ちる頃には、僕は、きっと、隣にこの人がいる夏を、迎えているのだろう。
そう思うと、終わっていく夏が、不思議と、さびしくなかった。
― 終 ―