1. よく壊れる相棒
俺、成瀬翔太、二十八歳。
都内のIT企業で、ずっと社内システムの保守をしている。
春に部署が変わって、職場が変わって、通勤の都合で、川沿いの古い町に引っ越してきた。
駅から少し遠い。バス便も悪い。
だから、自転車を買うことにした。
新品を買う余裕はなかったから、ネットの中古で、そこそこの値段のクロスバイクを手に入れた。
細いタイヤの、シルバーのフレーム。
走り出すと、思ったより気持ちがよかった。
川沿いの道を、朝の風を切って走る。
これは、いい買い物をした——と、最初の一週間は、本気でそう思っていた。
問題は、その次の週から始まった。
成瀬翔太(……またか)
ある朝、ペダルを踏んだら、がこん、と嫌な音がした。
変速がうまく決まらない。チェーンが、変な角度で暴れている。
別の週には、後輪がぺしゃんこになっていた。
そのまた次の週は、ブレーキがすかすかになって、止まれなくて、肝が冷えた。
中古は中古、ということなんだろう。
俺は機械にはからきし弱い。パソコンの中身ならいくらでもいじれるのに、自転車のチェーン一本、まともに直せない。
成瀬翔太(どこか、近くに、自転車屋……あったよな)
引っ越してきた日に、一度だけ前を通った。
駅とは反対側の、細い路地の奥。
シャッターの半分開いた、古い、小さな店。
俺は、壊れた相棒を押して、その路地へ向かった。
2. 油の匂いの店主
その店は、本当に小さかった。
間口は、車一台分くらい。
色あせた庇に、「水城輪業」と、かすれた文字。
店先には、空気入れと、修理待ちらしい自転車が、何台か並んでいる。
油と、ゴムと、金属の匂い。
成瀬翔太「……すみません。やってますか」
声をかけると、奥から、こん、と工具を置く音がした。
水城鈴「はーい。やってますよー」
出てきたのは、若い女の人だった。
歳は、たぶん俺と同じくらい。
紺色の作業エプロン。袖をまくった腕。
ひとつに結んだ髪が、作業の途中でほつれて、頬にかかっている。
その指先に、黒い油の汚れがついていた。
正直、面食らった。
自転車屋の店主、というと、勝手に、頑固そうな親父さんを想像していたから。
水城鈴「どうしました? あ、その音、変速?」
俺がまだ何も言っていないのに、彼女は、押してきた自転車にすっと目をやって、そう言った。
成瀬翔太「……はい。なんか、がこがこ言って」
水城鈴「ちょっと、見ますね」
彼女は、しゃがみ込んで、後輪のあたりを覗き込んだ。
ペダルを手で回して、耳を澄ます。
その横顔が、急に、職人の顔になった。
水城鈴「あー、これ。ディレイラーハンガーが、ちょっと曲がってますね。あと、ワイヤーが伸びてる。中古で買いました?」
成瀬翔太「あ、はい。ネットで」
水城鈴「やっぱり。前の持ち主、けっこう雑に乗ってたと思いますよ、これ」
ずばっと言って、彼女は、にっと笑った。
その笑い方が、妙にさっぱりしていて、悪い気はしなかった。
水城鈴「直せます。三十分くらい、待てます?」
成瀬翔太「待ちます。お願いします」
俺は、店先の古いパイプ椅子に座って、彼女が作業するのを、ぼんやり眺めていた。
工具を持ち替える手つきに、迷いがない。
油で汚れた指が、細いワイヤーを、するすると通していく。
ときどき、ペダルを回しては、首をかしげて、また調整する。
その集中した横顔から、なぜだか、目が離せなかった。
成瀬翔太(……かっこいいな、この人)
三十分後。
水城鈴「はい、できました。乗ってみてください」
俺が試しに店の前を一周すると、変速が、嘘みたいに、すこんと決まった。
成瀬翔太「……すごい。さっきと、全然違う」
水城鈴「でしょ。安いの直すの、けっこう好きなんですよ、私」
彼女——水城鈴さん、と、店の名刺に書いてあった——は、油のついた手を、エプロンで拭いながら、また、にっと笑った。
3. 常連の梶さん
それから、俺は、週に一度は、その店に通うことになった。
通うことになった、というか。
中古のクロスバイクが、本当に、週に一度は、どこかしら壊れたのだ。
ブレーキ。チェーン。サドルの高さ。スポークの緩み。
そのたびに、俺は、水城輪業のシャッターをくぐった。
水城鈴「あ、成瀬さん。また?」
成瀬翔太「また、なんです。今度はブレーキが」
水城鈴「ふふ。あなたの自転車、ほんと働き者だなあ。よく壊れる」
鈴さんは、もう、俺の顔も、自転車も、すっかり覚えていた。
四回目か、五回目に行ったとき。
店の隅の丸椅子に、おじいさんが一人、座って、お茶を飲んでいた。
梶さん「お、また兄ちゃんか。最近よう来るな」
近所の常連さんらしい。梶さん、というそうだ。
毎日のように、この店に油を売りに来ているのだと、鈴さんが、笑いながら教えてくれた。
梶さん「鈴ちゃんの直す自転車はな、長持ちするんだよ。死んだ親父さんゆずりの腕だ」
水城鈴「梶さん、お客さんに変なこと言わないでよ」
梶さん「変なことかい。ほめてんだよ」
梶さんは、しわくちゃの顔で、けらけら笑った。
そして、俺のほうを見て、にやりとした。
梶さん「兄ちゃんも、自転車だけが目当てじゃ、ないんだろ」
成瀬翔太「えっ」
水城鈴「ちょっと、梶さん!」
鈴さんが、顔を赤くして、梶さんの背中を、ぽんと叩いた。
俺も、なんだか、耳が熱くなった。
図星だったからだ。
正直、その頃にはもう、自転車を直しに行っているのか、鈴さんに会いに行っているのか、自分でも、よくわからなくなっていた。
4. メンテを習う夜
ある日、仕事帰りに寄ったら、店じまいの時間だった。
水城鈴「あー、ごめんなさい。もう、店、閉めちゃって」
成瀬翔太「あ、すみません。出直します」
水城鈴「……ううん。いいですよ。チェーンの注油くらいなら、すぐだし」
鈴さんは、半分下ろしたシャッターを、また少し上げてくれた。
夕方の店内は、もう、薄暗かった。
裸電球の、オレンジ色の光。
その下で、鈴さんは、俺の自転車のチェーンに、丁寧に油をさしていく。
水城鈴「成瀬さん。これ、自分でできるようになったほうが、いいですよ」
成瀬翔太「え、俺が?」
水城鈴「うん。簡単だから。ほら、ここ持って」
俺は、言われるまま、ウエスを握って、しゃがみ込んだ。
鈴さんが、隣にしゃがんで、俺の手に、自分の手を重ねるようにして、教えてくれる。
水城鈴「ペダル、ゆっくり回して。そう。チェーンの、一コマずつに、ちょん、ちょんって」
肩が、触れそうな距離だった。
彼女の指が、俺の手の甲に、軽く触れる。
油の匂いに混じって、ふっと、彼女自身の、甘い匂いがした。
成瀬翔太(……近い)
心臓が、勝手に速くなる。
手元が、おろそかになって、油を、自分の指にべったりつけてしまった。
水城鈴「あ、つけすぎ。ふふ、不器用だなあ、成瀬さん」
成瀬翔太「す、すみません」
鈴さんが、くすくす笑いながら、自分のウエスで、俺の指を拭いてくれた。
その手つきが、優しくて、俺は、また、どきりとした。
成瀬翔太「あの……鈴さんは、ずっと、一人でこの店を?」
ふと、聞いてみた。
鈴さんの手が、一瞬、止まった。
水城鈴「……うん。三年前まで、父がやってたんです。私は、別の仕事してて」
水城鈴「でも、父が、急に倒れて。それで……継ぐ人、いなくて」
裸電球の下で、彼女は、ぽつりぽつりと話した。
子供の頃から、父の隣で、工具を握るのが好きだったこと。
一度は店を出て、会社勤めをしたこと。
でも、父が遺したこの小さな店を、たたむ気には、どうしてもなれなかったこと。
水城鈴「変ですよね。儲かんないのに」
成瀬翔太「変じゃないですよ」
俺は、思わず、強く言った。
成瀬翔太「俺、鈴さんが直してくれた自転車に乗ると、毎回、すごいなって思うんです。だから……この店が、好きです」
言ってから、好きです、の主語が、店なのか、彼女なのか、自分でも曖昧になった。
鈴さんは、少し驚いた顔で、俺を見て。
それから、照れたように、ふっと笑った。
水城鈴「……ありがと。そんなこと言ってくれる人、初めて」
オレンジの光の中の、その笑顔を見て。
俺は、もう、ごまかしようがないくらい、この人が好きだと、はっきり思った。
5. 休日の誘い
その週末。
土曜の昼前に、スマホが鳴った。
知らない番号だと思ったら、店の名刺で交換していた、鈴さんからだった。
水城鈴「成瀬さん? 急にごめんね。あの……今日、店、休みなんですけど」
成瀬翔太「はい」
水城鈴「天気、すごくいいから。……自転車、乗りに行きません? 多摩川の方、走ると気持ちいいんですよ」
電話の向こうの声が、少し、緊張しているように聞こえた。
俺は、心臓が跳ねるのを抑えて、できるだけ平静を装って答えた。
成瀬翔太「行きます。ぜひ」
水城鈴「ほんと? じゃあ、店の前、集合で」
待ち合わせの店の前に、鈴さんは、もう来ていた。
いつもの作業エプロンじゃなかった。
白いTシャツにデニムのパンツ、髪を高く結んで、細身のロードバイクにまたがっている。
油の汚れのない、休日の鈴さん。
そのギャップに、俺は、思わず見とれてしまった。
水城鈴「……なに、じろじろ見て」
成瀬翔太「あ、いや。なんか、いつもと違うなって」
水城鈴「そりゃ、休みだもん」
ぶっきらぼうに言って、でも、鈴さんの頬は、少し赤かった。
水城鈴「あなたの自転車、昨日こっそり、全部整備しといたから。今日は壊れないよ。……いこ」
そう言って、彼女は、先にペダルを踏み出した。
6. 多摩川の夕暮れ
多摩川の土手沿いのサイクリングロードは、どこまでも、まっすぐ続いていた。
初夏の風が、頬を撫でていく。
河川敷の草は、青々と茂って、川面が、午後の光をきらきら返している。
俺たちは、並んで、ゆっくり走った。
水城鈴「気持ちいいでしょ」
成瀬翔太「……はい。最高です」
鈴さんの整備した自転車は、本当に、どこも壊れなかった。
ペダルを踏むたび、すうっと前に進む。
風と、彼女の横顔と、川の光。
ずっと、こうしていたいと思った。
途中、河川敷のベンチで、休憩した。
自販機で買った、冷たいスポーツドリンクを、二人で飲む。
水城鈴「成瀬さんって、最初に来たとき、すっごい困った顔してた」
成瀬翔太「そりゃ、困りますよ。週一で壊れるんだから」
水城鈴「ふふ。でもね。……正直、毎週来てくれるの、ちょっと、嬉しかったんだ」
鈴さんが、川のほうを見たまま、ぽつりと言った。
水城鈴「父が死んでから、この店、ずっと、一人で。お客さんも、年寄りばっかりで」
水城鈴「だから、成瀬さんみたいな人が、毎週、わざわざ来てくれるの。……顔見ると、なんか、ほっとした」
俺は、ドリンクの缶を、ぎゅっと握った。
成瀬翔太「鈴さん」
水城鈴「ん?」
成瀬翔太「正直に言うと。……自転車、もう、ほとんど壊れてなかったんです」
鈴さんが、こちらを向いた。
成瀬翔太「最後の二回くらいは。……わざと、どっか緩めて、行ってました。鈴さんに、会いたくて」
言ってしまった。
顔が、かっと熱くなる。
鈴さんは、目を丸くして、それから、ぷっと吹き出した。
水城鈴「……知ってたよ、そんなの」
成瀬翔太「えっ」
水城鈴「ブレーキのワイヤー、自分で緩めたでしょ。あんな緩み方、自然にはしないもん」
水城鈴「プロ、なめないで」
そう言って、いたずらっぽく笑う。
その笑顔を見ていたら、もう、止まらなかった。
成瀬翔太「鈴さん。俺、あなたのことが、好きです」
川風が、一度、二人の間を吹き抜けた。
鈴さんの、結んだ髪が、ふわりと揺れる。
西の空が、いつのまにか、夕焼けに染まりはじめていた。
水城鈴「……うん」
鈴さんは、夕陽に頬を染めて、まっすぐ俺を見た。
水城鈴「私も。……あなたが店に来るの、毎週、待ってた」
夕暮れの河川敷で、俺たちは、どちらからともなく、手を重ねた。
油の匂いの染みついた、彼女の指は、思っていたより、ずっと細くて、温かかった。
7. 店の二階へ
帰り道は、もう、すっかり日が暮れていた。
街灯の灯る道を、二人、自転車を押して、ゆっくり歩いた。
肩が、ときどき、触れる。
水城輪業の前まで戻ると、鈴さんが、シャッターの脇の、小さなドアの鍵を開けた。
水城鈴「……うち、店の二階なんだ」
水城鈴「……お茶でも、飲んでく?」
声が、少し、震えていた。
俺は、頷いた。
狭くて急な階段を上がると、こぢんまりとした部屋があった。
工具の本や、自転車の部品が、あちこちに置いてある。
でも、ちゃんと片付いていて、彼女らしい、清潔な部屋だった。
水城鈴「散らかってて、ごめんね」
成瀬翔太「いや。……鈴さんらしくて、いいです」
お茶を淹れてくれる鈴さんの背中を、俺は、後ろから、そっと見ていた。
高く結んだ髪から覗く、白いうなじ。
昼間、ずっと風を切って走っていたせいか、ほんのり、汗ばんでいる。
お茶の入った湯呑みを、二つ、お盆に乗せて、鈴さんが振り返った。
そして、すぐ近くに立っていた俺と、目が合って。
水城鈴「……成瀬、さん」
成瀬翔太「翔太で、いいです」
水城鈴「……翔太、さん」
俺は、お盆を、そっと、近くの机に置かせた。
そして、鈴さんの頬に、手を添えた。
彼女の目が、ゆっくりと、閉じられる。
唇を、重ねた。
ちゅっ。
水城鈴「……ん」
柔らかくて、少しだけ、スポーツドリンクの味がした。
一度離れて、見つめ合う。
鈴さんの頬が、夕焼けのときよりも、もっと赤い。
成瀬翔太「……もう一回、いい?」
水城鈴「……うん」
今度は、もっと、深く。
ちゅっ……ちゅるっ……
唇を重ねながら、彼女の細い腰に、腕を回す。
鈴さんの手が、おずおずと、俺のシャツの背中を、きゅっと握った。
8. ほどけていく
部屋の電気を、豆球だけにした。
オレンジ色の、やわらかい光。
それは、いつも店で見ていた、あの裸電球の色に、少しだけ似ていた。
俺は、鈴さんを、そっと、ベッドに横たえた。
水城鈴「……あんまり、見ないで。私、こういうの、久しぶりで」
成瀬翔太「俺も、緊張してます」
水城鈴「……ふふ。なにそれ」
白いTシャツの裾に、手をかける。
ゆっくり、まくり上げると、薄い水色のブラジャーが現れた。
普段、作業エプロンに隠れている体は、思っていたより、ずっと女らしかった。
成瀬翔太「……綺麗だ」
水城鈴「やだ……言わないでよ」
鈴さんが、両腕で、胸元を隠す。
その手を、俺は、そっとどけた。
背中に手を回して、ホックを外す。
かちり、と。
肩から紐が滑り落ちて、ふるん、と、白い胸がこぼれた。
水城鈴「……っ」
俺は、その柔らかさを、両手で、そっと包んだ。
むにゅ、と、指が沈んでいく。
水城鈴「ん……っ」
成瀬翔太「……柔らかい」
水城鈴「もう……いちいち、言わないの……っ」
口では強がるのに、鈴さんの息は、もう、少し上がっていた。
指の先で、つんと色づいた先端に触れると、体が、びくっと跳ねた。
水城鈴「ひゃっ……そこ……」
成瀬翔太「ここ、弱い?」
水城鈴「……っ、知らない……」
俺は、片方の先端を、口に含んだ。
ちゅっ……れろっ……
水城鈴「あっ……ん……っ」
工具を握るときの、あの凛とした横顔とは、まるで違う。
甘くて、頼りない声が、鈴さんの口から、ぽろぽろこぼれる。
そのギャップに、俺は、たまらなくなった。
舌で先端を転がしながら、もう片方の胸を、やわやわと揉む。
水城鈴「翔太さん……っ、それ……だめ……っ」
鈴さんの太ももが、もじもじと、すり合わさっている。
俺は、そっと、デニムのボタンに、手を伸ばした。
成瀬翔太「……脱がせて、いい?」
水城鈴「……うん」
デニムを下ろすと、水色の、下着だけになった。
その中心は、もう、しっとりと、湿りはじめていた。
9. 重なる夜
布越しに、そっと指でなぞると。
水城鈴「んっ……」
鈴さんの腰が、ぴくんと跳ねた。
成瀬翔太「……もう、濡れてる」
水城鈴「……言わないでって……っ。だって、翔太さんが……」
恥ずかしそうに、顔を背ける鈴さん。
俺は、最後の一枚を、ゆっくり、脱がせた。
露わになったそこは、豆球のオレンジの光に、しっとりと濡れて光っていた。
指で、優しく、敏感な突起を撫でる。
くちゅ、と、小さな水音がした。
水城鈴「あっ……♡」
成瀬翔太「気持ちいい?」
水城鈴「……っ、うん……っ♡」
円を描くように撫でながら、指を、ゆっくり、中へ滑らせた。
ずぷ、と。
水城鈴「んあっ……♡」
熱くて、きつい中が、俺の指を、きゅっと締めつける。
感じる場所を探って、指の腹で、ゆっくり擦る。
水城鈴「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡」
鈴さんが、シーツを、ぎゅっと握った。
普段、頼もしい彼女が、俺の指一本に、こんなに乱れている。
それが、愛おしくて、たまらなかった。
水城鈴「翔太さん……っ♡ だめ……それ続けたら……っ♡」
成瀬翔太「いいよ。イって」
水城鈴「やっ♡ 見ないで……っ♡♡」
指の動きを速めると、鈴さんの体が、ぐっと反った。
水城鈴「あっ♡ あっ♡ ——っ♡♡♡」
びくびく、と腰が震えて、中が、きゅうっと締まる。
息を切らせる鈴さんの額に、汗で張りついた前髪を、俺は、そっとよけてやった。
水城鈴「……はぁ……っ。翔太さんも……」
鈴さんが、潤んだ目で、俺を見上げた。
水城鈴「私だけ、ずるい……。翔太さんも、ちゃんと、来て」
俺は、避妊具をつけて、鈴さんの脚の間に、体を進めた。
熱く張りつめたものを、濡れた入り口に、あてがう。
成瀬翔太「……いくよ」
水城鈴「……うん。来て」
ゆっくり、腰を進めた。
ずぷ……っ♡
水城鈴「んっ……あぁ……っ♡♡」
先端が入った瞬間、鈴さんが、俺の背中に、しがみついた。
きつい。でも、とろとろに濡れているから、彼女の中は、俺を、奥まで、すんなりと受け入れていく。
ずず……っ
水城鈴「あ……っ♡ 奥まで……来てる……っ♡」
成瀬翔太「……鈴さんの中、すごく熱い」
根元まで収まって、俺は、一度、深く息を吐いた。
繋がった場所から、毎週通った日々の距離が、じんわりと、埋まっていく。
ゆっくり、動きはじめた。
ずちゅ……ぱちゅ……
水城鈴「あっ♡ ん……っ♡」
最初は、彼女を気遣う、優しい律動。
成瀬翔太「鈴さん、気持ちいい?」
水城鈴「……っ♡ うん……っ♡ すごく……っ♡」
成瀬翔太「俺も。……ずっと、こうしてたい」
鈴さんが、俺の首に腕を回して、自分から、唇を求めてきた。
キスをしながら、奥を突くたびに、彼女の体が、跳ねる。
ぱちゅ……ぱちゅ……ぱちゅっ♡
水城鈴「あっ♡ あっ♡ そこ……っ♡ 奥、当たるの……っ♡♡」
成瀬翔太「ここ、好き?」
水城鈴「っ♡♡ 好き……っ♡ 翔太さんの、好き……っ♡♡」
それが、体のことなのか、俺自身のことなのか、たぶん、どっちもだった。
ベッドが、小さく軋む。
豆球のオレンジの光の中、二人の息と、肌のぶつかる音が、満ちていく。
水城鈴「翔太さん……っ♡ もう……っ♡」
成瀬翔太「俺も……っ。一緒に」
水城鈴「うん……っ♡ 一緒が、いい……っ♡」
俺は、鈴さんを、ぎゅっと抱きしめて、最後の律動を速めた。
ぱちゅぱちゅぱちゅっ♡♡♡
水城鈴「あっ♡ あっ♡ イクっ……♡ 翔太さん、一緒に……っ♡♡」
成瀬翔太「……っ、鈴さんっ」
ぱちゅんっ——♡♡♡
水城鈴「あぁぁ……っ♡♡♡」
奥で、俺が震えるのを、鈴さんの体が、ぎゅうっと締めつけながら、受け止める。
二人で、同じ波に、さらわれた。
汗ばんだ体が、ぴったり重なったまま、しばらく、動けなかった。
水城鈴「……はぁ……っ。すごかった……」
成瀬翔太「……鈴さん」
水城鈴「ん……?」
成瀬翔太「俺、もう、自転車、わざと壊さなくていいですか」
鈴さんが、ぷっと吹き出して、俺の胸を、ぽかっと叩いた。
水城鈴「当たり前でしょ。……これからは、用がなくても、来ていいんだから」
そう言って、俺の胸に、頬を、すり寄せた。
10. 朝、シャッターを上げる
翌朝。
窓の外が、白みはじめた頃、俺は、目を覚ました。
腕の中で、鈴さんが、すうすうと、寝息を立てている。
油の匂いも、汗の匂いも、全部、愛おしかった。
しばらくして、鈴さんが、ん、と身じろぎして、目を開けた。
水城鈴「……おはよ」
成瀬翔太「おはよう」
水城鈴「……あ。私、店、開けなきゃ」
寝ぼけ眼で、慌てて起き上がろうとする鈴さんを、俺は、笑って引き止めた。
成瀬翔太「まだ早いよ。……手伝う。シャッター、上げるの」
二人で、階段を下りて、店の前に出た。
朝の空気が、ひんやりと、気持ちいい。
がらがら、と、二人でシャッターを上げると、油と金属の匂いの、いつもの店内が、朝の光に照らされた。
水城鈴「……ねえ、翔太さん」
成瀬翔太「ん?」
鈴さんが、店の中を見回して、ふっと笑った。
水城鈴「店、継いだとき。一人で、こんなとこ、やっていけるのかなって、ずっと不安だったの」
水城鈴「でも……今、ちょっとだけ、心強い」
朝の光の中で、彼女が、まっすぐ俺を見た。
その手には、もう、いつもの油の汚れがついていた。
俺は、その手を、ぎゅっと握った。
成瀬翔太「毎週でも、毎日でも、来ますよ。……もう、客としてじゃなくて」
水城鈴「……うん」
鈴さんが、照れたように、それでも、嬉しそうに、笑った。
ちょうどそのとき。
梶さん「おーい、鈴ちゃん。朝から、なに、いちゃついてんだ」
路地の向こうから、お茶の入った急須を片手に、梶さんが、にやにやしながら歩いてきた。
水城鈴「も、梶さん! 朝から、なんなの!」
梶さん「やーい、やっと、くっついたか。親父さんも、草葉の陰で、喜んでるぞ」
けらけら笑う梶さんに、鈴さんは、顔を真っ赤にして、でも、嬉しそうだった。
中古のクロスバイクが、週に一度、壊れたおかげで。
俺は、この、小さな自転車屋に通うようになって。
油の匂いのする、まっすぐで、不器用に優しい人と、恋人になった。
成瀬翔太「今日、仕事終わったら、また来ます」
水城鈴「うん。……待ってる」
朝の光の中、水城輪業のシャッターは、もう、すっかり上がりきっていた。
俺は、彼女が整備してくれた、もう壊れない相棒にまたがって、初夏の風の中を、職場へと走り出した。
― 終 ―