先に言っておくと、これは誰にも褒められない話です。
四十二歳、結婚十三年目の主婦が、息子の学校のPTAで、既婚の身でときめいてしまって、しかも一線を越えてしまったという、それだけの話です。誰かに相談できる内容でもないので、ここに書きます。
私は今、調剤薬局の受付でパートを週4で入れてもらってて、小5の息子が一人います。夫とは結婚13年目。会話といえば「燃えるゴミ出しといて」「わかった」くらいで、いわゆるレス歴はもう6年です。数えたことがあるのが自分でもちょっと嫌なんですけど、6年です。
ときめきなんて単語、うちの薬局の棚のどこを探しても見当たりません。鏡を見れば下腹の肉と目が合うだけの毎日で、自分のことは女という棚からとっくに下ろして、しまい込んだつもりでいました。しまい込んだつもりで、実際にはしまいきれてなかったってことに、当の本人だけがずっと気づいていなかったんですけど。
きっかけは秋のくじ引きです。息子の小学校で文化祭実行委員のくじがあって、見事にバザー係を引き当てました。(うわ、外れた…)って正直思いました。土日は潰れるし、知らない保護者と気を遣いながら段ボールを運ぶだけの仕事だと思ってたので。
そのくじ、外れだと思ってたんです。十一月までは。
十月頭、バザー係の初回顔合わせが小学校の家庭科室でありました。集まったのはだいたい母親ばかりで15人くらい。名簿を見ながらぼんやり座ってたら、ドアが開いて、作業着姿の男の人が一人だけ入ってきました。
「西村です。娘がお世話になってます」
そう言って頭を下げたんですが、次の瞬間にはもう周りにいた母親一人一人の顔を見て、「〇〇さんのお母さんですよね」って、初対面のはずなのに名字で呼び始めたんです。十数人分。その場で。名簿もろくに見ずに。
自分の番になったとき、「加藤さんですよね」って名字で呼ばれて、なんでもない場面のはずなのに、変に動揺しました。名前を覚えてもらうなんて、薬局のパート先でも滅多にないことなので。
帰り道、自転車を漕ぎながら、自分の脈が首のあたりでドクドク鳴ってるのに気づきました。(あれ、これ何の反応?)って自分でも戸惑って、そこでようやく思い当たったんです。この感覚、夫と付き合い始めた頃以来、十五年ぶりだ、と。
その日の夕飯、味噌汁に味噌を二回入れました。しょっぱすぎて夫に「今日味濃くない?」って言われて、「気のせいじゃない」って誤魔化しました。誤魔化しながら、心臓のあたりがまだ変な感じでした。
その後、バザーの備品を買いにホームセンターへ行く用事があって、係の割り振りで西村さんとペアになりました。移動は西村さんの軽トラです。夫以外の男の人が運転する車の助手席に座るなんて、これも十五年ぶりです。
ラジオがついてて、西村さんが「なんか聴きたいのあります?」ってチャンネルを譲ってくれました。コンビニに寄ったとき、缶コーヒーを二本買ってきて、「加藤さん、微糖でよかったですか」って聞かれて、前に一度言っただけの好みを覚えられてたことに、また変に動揺しました。(いや、缶コーヒーだよ。動揺するとこじゃないでしょ)って自分にツッコミを入れましたが、動揺は動揺のままでした。
ホームセンターでは値札用の画用紙の色を選ぶのに、西村さんが真剣に悩んでました。「黄色は目立つけど品がないし、白は地味すぎるし……」ってぶつぶつ言いながら5分くらい選んでて、そういうどうでもいいところで人となりが見えるというか、なんか、いい人だなと単純に思いました。
帰り際、軽トラを降りるときに西村さんが言いました。
「LINE、係の連絡用に交換しときましょうか」
「あ、はい。いいですよ」
深い意味なんてないやり取りだったはずなんですけど、家に帰ってから、その日何度もスマホを開いて閉じてしまいました。
子ども同士が同じ学年だと分かったのは、その後の作業中の雑談です。西村さんが「うち、俺と娘の二人暮らしなんで、飯が全然レパートリーなくて」って、特に深刻ぶるでもなく笑いながら言って、3年前に奥さんが出ていって離婚したことをさらっと話しました。「大変ですね」としか言えなかった私に、西村さんは「まあ、慣れました」って返しただけでした。
「豚汁とか、大量に作って冷凍すると楽ですよ」って私が適当に言ったら、西村さんは最後まで遮らずに聞いて、スマホにメモまで取ってくれました。話を最後まで聞いてもらう、というのも、思えばずいぶん久しぶりのことでした。
その日、係の作業の合間にトイレに行ったら、個室の外で他の母親二人が「西村さん狙ってる人、結構いるらしいよ。シングルでしっかりしてるし」「わかる〜。でも娘さんいるしなあ」って立ち話をしてるのが聞こえました。
聞くつもりはなかったんですけど、聞こえてしまって、胸の奥がずっしり重くなりました。(何、この感じ)って思ったんですけど、その感情に名前をつけるのが怖くて、つけませんでした。
私は既婚者です。関係ない話のはずでした。
十月末、仲のいいママ友からLINEが来ました。「西村さんとよく喋ってるね。ああいうのすぐ噂になるから気をつけな」って。冗談っぽい文面でしたけど、私は我に返りました。(そうだよ、私、既婚だし、息子もいるし)って自分に言い聞かせて、そこから急に距離を置き始めました。
西村さんから「豚汁作ってみました」って写真付きのLINEが来たのも既読スルーしました。作業中も必要なこと以外は話さないようにしました。西村さんは何も言ってきませんでしたが、次にコンビニに寄ったとき、缶コーヒーが自分の分しか買われてなくて、それに気づいて勝手に落ち込んでる自分に、心底自己嫌悪しました。(何なの、私。ときめきごと畳んで捨てるつもりだったんじゃないの)って。
でも文化祭前日、係の割り振りの都合で、結局二人きりで残り作業をすることになったんです。
文化祭当日、夕方になってバザーの売れ残りの段ボールが十数箱余りました。「うちの倉庫、空いてるんで置いときますよ」と西村さんが申し出てくれて、軽トラで運ぶのを手伝うことになりました。工務店の倉庫は小学校から車で10分くらいの場所にありました。
運び終わった頃には、秋の冷たい雨が本降りになっていました。傘なんて用意してなかったので、二人とも結構濡れて、事務所で雨宿りすることになりました。西村さんが石油ストーブをつけてくれて、「加藤さん、風邪ひきますよ、これどうぞ」って缶コーヒーを二本、今日はちゃんと二本買ってきてくれました。
外は雨音だけ。事務所には私たち二人だけ。段ボールを渡すときに、手が重なりました。一瞬、お互い動きが止まりました。
「……ごめん。今の、忘れてください」
西村さんが先に手を引きました。その引き方が、なんというか、あまりに紳士的で、逆に決壊しました。私は気づいたら西村さんの作業着の袖を掴んでいました。十五年ぶりに、自分から動いていました。
「西村さん、私……帰り方、わかんなくなっちゃった」
自分でも何を言ってるのか分からないまま、そう言ってました。西村さんは少しの間、黙って私を見てから、
「……はい」
キスは、歯が当たりました。「痛っ」って二人で小さく笑って、そのぎこちなさで逆に肩の力が抜けました。西村さんの手が服の上から背中、腰、それから胸のあたりへ、急がずに動いていきました。
「あんまり見ないでよ、四十二だよ?」
下腹の肉と、授乳のあとで形の変わったCカップの胸を見られるのが、正直、行為そのものより恥ずかしかったです。腕で隠そうとしたら、西村さんが黙って電気を消して、ストーブの明かりだけにしてくれました。寒いので服は全部脱がず、半分だけ脱いだ格好のまま、古い合皮のソファに並んで座りました。
「誰と比べてんですか」
西村さんが低い声でそう言って、それだけで変に泣きそうになりました。快感とかそういうことより先に、名前を呼ばれたことが、なんというか、久しぶりに「個人」として見られた気がして、そこにやられました。
西村さんの手は硬くて、工事現場の人特有の硬さでした。(夫の手なんて、もうどんな感触だったか思い出せないのに)って思って、その落差に自分でも混乱しました。体のほうが私より先に思い出してました。頭では「これは不倫だ」って分かってるのに、体は勝手に反応していて、その乖離が一番信じられなかったです。
いよいよという段になって、西村さんが「あ」と固まりました。
「すいません……ゴム、ないです」
「え」
「待ってて。走って三分」
そう言うと、本降りの雨の中、西村さんはコンビニまで走っていきました。
残された五分間、私はストーブの前で半分脱いだまま、ずっと考えてました。(今なら服を着て帰れる。帰るべきだ。息子もいるし、夫もいるし、こんなの絶対よくない)って。頭では分かってるのに、体は動かなくて、結局そのまま座って待ってました。この五分が、多分この話の一番の本音のところです。帰ろうと思えば帰れたのに、帰らなかったのは私です。
ずぶ濡れで西村さんが戻ってきました。髪から水が滴ってて、その姿があまりに間抜けで、二人で吹き出してしまいました。
「めちゃくちゃ濡れてるじゃないですか」
「いや、走ったんで」
笑ったら、覚悟が決まってしまいました。
ソファは狭くて、正常位で挿入したあと体位を変えようとしたら、西村さんが肘掛けに腰をぶつけて「……いってえ」って呻きました。私も思わず笑ってしまって、「大丈夫?」って聞いたら「全然大丈夫じゃないです」って返ってきて、また笑いました。
挿入した瞬間、正直に言うと、夫の顔と息子の顔が一瞬よぎりました。それでも私は止めませんでした。止めなかった自分に、行為の最中もずっと戸惑ってました。(六年ぶりなんだ、私)って思うと、その事実だけで胸がいっぱいになりました。
床のラグに移動して、今度は後ろから。ストーブの熱が顔に当たって、汗ばんできました。「大丈夫ですか」って西村さんが時々聞いてくれるのも、久しぶりの感覚でした。夫にそんなこと聞かれなくなって、もう何年も経ちます。
終盤、私のふくらはぎが急につって、
「ごめん、待って、足……足つった」
情けない声を上げました。西村さんは慌てて動きを止めて、心配してくれて、それから小さく笑って言いました。
「はは、俺も腰打ったんでおあいこです」
最後は正常位に戻って、外に出して終わりました。二回戦なんてありませんでした。四十二歳と四十六歳、そんな体力はもう残ってません。
汗が冷えると急に寒くなりました。西村さんが「これ、洗いたてなんで」って現場用のタオルを貸してくれました。ストッキングが片方だけどこかに行ってしまって、結局そのまま素足にパンプスで帰ることになりました。西村さんがソファに消臭スプレーをかけている後ろ姿を見て、(あ、この人にもちゃんと生活があるんだ)って、当たり前のことを今更思いました。
帰り道、雨上がりのスーパーに寄って、普通にハンバーグの材料を買っている自分にびっくりしました。雨のせいにするつもりでした。秋の雨が悪い、私は流されただけだって。でも本当は、袖を掴んだのは私です。誰のせいでもありません。
その夜、いつも通り家族の夕飯を作りました。ハンバーグです。夫は無言でテレビを見てました。「燃えるゴミ、明日出しといて」とだけ言われて、「わかった」と返しました。いつもと同じ夕食でした。
スマホに西村さんからLINEが届いてました。「段ボール、確かに預かりました」の一行だけ。係の連絡用の、業務連絡そのものの一文です。でも私はその一行を、その晩、何度も開いて読み返しました。
次のPTA行事は十二月の餅つき大会です。西村さんとまたどこかで顔を合わせることになると思います。この先どうするのか、どうしたいのか、正直まだ自分でもよく分かっていません。
ただ、心臓はまだ跳ねてます。困ったことに。