ご近所・日常
毎日デパ地下の量り売りで同じ笑顔を切り売りするうち、自分がすっかり刃こぼれしていたことにも気づけなくなっていた私が、亡き祖母の菜切り包丁を抱えて飛び込んだ商店街の路地裏の小さな研ぎ屋で、刃を一定の角度で当てることだけを教える無口な若い研ぎ師に通ううちに惹かれ、長雨の上がった初夏の夜に研ぎ場で結ばれた話
祖母が遺した菜切り包丁が、ある朝とうとうトマトの皮で滑った。それで気づいた——切れなくなっていたのは、私のほうだったのかもしれない。商店街の路地裏でひとり砥石に向かう研ぎ師・湊さんの、まっすぐな手つきと低い声に、量り売りの笑顔ですり減った私の角が、少しずつ研ぎ直されていく。